剣奴脱出10
人の身体的特徴を馬鹿にする行為は、簡単で効果の高い口撃だ。
容易に変更する事の出来ない身体的特徴を否定する事で、受け手は逃げ場の無い劣等感に苛まれる。
私は今も昔も、美醜の重要度が低い集団に属していたので、こういった口撃にさらされる事は少なかったし、自身の身体パラメータが重要だと思っていない。
初めて直接的な口撃を受けたが、やはり気分の良いものではない。私の双丘は価値が無いとラベリングされ、価値を回復する手段もないのだ。
良くこんな恐ろしい否定を他人に浴びせられるものだと、逆に関心する。
人と人との関係性を少しでも理解していれば、こんな行動には出ない。つまり、私の前にいる青年は、人同士の関係性を無視出来る何かを持っているはずだ。
もし、覚者としての力を超越者としての振る舞いに使っているのなら、あまりにも勉強不足としか言えなが。
青年の目的は挑発なのだろう。自身の絶対的優位を確認するために、対象から反撃させ、それを調伏するつもりだ。
「そんな風に初めて言われました。そこまで腹は立たないですね」
「おねーさん、体売る商売してるんじゃないの? その感じじゃ、儲かってないみたいだけど」
ヤクトでもそうだが、私は初見で大体は娼婦と勘違いされる。
術力を感じない、体を鍛えていない、お金持ってなさそう、薄着という四点から判断されるようだ。
「私は冒険者です」
「そっか、オレの術が見えてるみたいだし、そこそこやるのかな?」
「さあ、自分が強いか弱いか興味がないので」
「おねーさん、オレと遊ばない? 最近、ずっと退屈でさぁ、相手が欲しかったんだよねー」
厄介な輩の喧嘩を買ってしまった。恐らくは、問答だけでは済まない。
自己の満足のために相手を蹂躙しなければ気が済まないタイプだ。
私が弱者を装えば、徹底的に攻めて来るので、恐らくリュー君が黙っていない。リュー君VS覚者になるくらいなら私が闘う。
圧倒的な強者としてねじ伏せたとしても、覚者の体内にある寄生体のようなものが、何をしでかすか予測出来ない。
最善の策は、覚者と同位者であるように振る舞い、船の目的地到着というタイムリミットまで、時間を稼ぐ他ない。
「遊ぶと言っても、ここは船の上ですよ。大した娯楽はありません。何をして遊ぼうと言うのですか?」
「そうだなぁ。おねーさんが持っている短刀貸してよ」
私の手には先程まで魚を刺していた短刀がある。火を使わずに魚を加熱する為、刀身を振動エネルギーで高温にしていたが、魚の脂を拭き取るフリをして、熱を私の体で吸収した。
私の体は、外部からの影響を無効にする性質があるので、どんな高温、低温も体温と同じにしてしまう。
短刀を渡すと、青年は私に背を向けて3m程距離を取った。
振り返ると同時に、短刀の刃で太陽光を反射して私の視界を潰しつつ、高速で短刀を投げた。
私の左肩を狙って投げられ短刀を、右手で受け止めると、青年は少しも悪びれる事なく、ニヤニヤと笑っていた。
「これが遊びですか? 危険なので別の遊びにした方が良いのでは?」
「やるね、おねーさん。これは曲芸師がやる短刀投げだよ。確かに素人がやれば怪我するけど、オレとおねーさんなら危なくないでしょ? さあ、次はおねーさんの番だよ」
青年の要求は、キャッチボール感覚で刃物を投げ合おうという事のようだ。
私の技量を測りつつ、スリルを楽しもうという目的ならば、この遊びは好都合だ。
私には技量は無いが、飛来する物体を受け取り損ねる事はまず無い。
投擲技能は、タニアの動作をコピーすれば、それなりに格好が付くだろう。以前に危険地帯で単眼狼を仕留めるのに使用していたが、あれは見事だった。
手首のスナップだけで短刀を投げた。速さは青年が投げたときより、若干速めにした。
難なく短刀を受け止めた青年は、即座に短刀を投げ返してきた。しかも、高速の縦回転がかかっているので、受け側の難度が上がっている。
こうして、難度を上げながら私の技量の水準を確かめるつもりだろう。
回転がかかっていようが、速かろうが、物体が止まって見えるので問題無い。
回転する短刀の持ち手を掴み、再び私のターンが回ってきた。
回転させて良いならば、投げ側での工夫もやりようがある。今回はアンダースローから地面すれすれで短刀を投げ、相手の足元から短刀が浮き上がるように回転をかけた。
青年は浮き上がってくる短刀を簡単に掴むと、手元で短刀をクルクル回転させた。
「おねーさん、なかなか面白いね」
そう言って、ペン回しのように回っていた短刀が、8の字を描くような回転で飛んできた。これ以降は、短刀の曲投げの応酬となった。
次第に甲板にいた人々が観客として集まって人垣を作った。
青年が言ったように短刀投げは曲芸だ。私と青年の技量は見せ物として十分な内容なので、皆見入っている。
青年は技量に自信があるようなので、観客が集まる事に気分を良くしたようだ。さらなる曲技を見せるため、術まで使用し始めた。
術を探知出来ない私だが、発言する物理現象を観測する事は出来る。
青年の投げた短刀は、私に向かう軌道の途中で消え、少し戻った位置から現れた。これは、転移術による物体の移動だった。
観客からは「おおー」という歓声が上がったが、起きた現象を正確に把握している者はいないようだ。
そもそも、転移術自体が御伽話の中でしか出てこないような物なので、誰も現物を見た事がない。今回の短刀の動きは、認識阻害術の一種として勘違いされたようだ。
私は転移術を良く知っている。門が開くときの空気の流れで発生を探知出来るのだ。
青年は転移術による短刀の転移回数をどんどん増やしていった。
私の周囲では、門から門へと短刀が飛び交い、速度が増している。転移術を知らない観客も、流石にこれが普通では無い事を理解し始めた。
観客の多くは武に通じる者ばかりだ。実戦でこの短刀の動きを目の当たりにした時の脅威を感じ取っている。
突然、青年の姿が消えて私の背後に現れ、短刀を背中に突き付けていた。
「はい、おしまーい」
そう言って青年は短刀投げを終わらせてしまった。
「誰か他にオレの相手してくれる人居る?」
そう言って差し出され短刀を受け取る者は誰もおらず、人垣は直ぐに解散してしまった。
「そろそろ船が着くみたいですよ? 下船の準備をしなくて良いのですか?」
船は大きな船着場に向かって船体を岸に向けていた。
「おねーさんは降りないの? 闘技会は退屈そうだけど、おねーさんが相手ならそこそこ楽しめそう」
「私は北に用事があるので、ここでは降りません。闘技会に出られるのであれば、またお会いする機会がありそうですね」
「ふーん。おねーさん名前は?」
「ユズカです」
「オレはエド。また会ったら相手してね」
そう言ってエドは船室へと降りて行った。
――
天眼県に向かう乗客がほとんどだったので、船内はすっかり静かになっていた。
お隣の船室の乗客も降りたのか、私達の船室は落ち着ける空間に戻った。
「エドという闘技者ですか? 聞かない名前ですね」
昼間にあった出来事をディアナに共有したが、エドに関する情報は得られなかった。
「エドはかなり強いから、闘技会のときは賭けようかな」
闘技会はエンターテインメントの側面が強い。賭けの対象としても一般的だ。
「ユズカさん。あなたには幾つかの闘技会に剣奴として出てもらいます」
私からの発言を受けてか、ディアナの目的が突然語られた。
「私って闘技会に出ていいの?」
闘技会への参加権は32個と数が決まっている。細かい決まりは、今まで集めた情報には無いが、ディアナがヤクトで言っていた三十二家というのが権利を握っている。
「あなたが闘技会に出る事は問題ありません。むしろ、あなたが闘技会の参加を拒否する事はできませんよ」
ディアナの策は既に成っているようだ。




