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剣奴脱出9

 赤月国を経て剣奴連国に入った。


 私には半径18km以内にある情報が常に手に入る。まるで監視カメラのように自動的に情報を蓄積し、私の中に精巧な複製世界を構築する。

 精度はミクロ単位で認識しており、物体内部の構造まで把握している。


 私の頭は、この膨大な情報を溜め込んでも、一切問題がない。果の無い領域に情報が雪崩込み、それを空から眺めているような感覚だ。


 この能力のため、私は現在と想定する未来に於いて圧倒的なアドバンテージがある。

 手に入り難い情報は過去のものだ。誰かの記録を見るしかないので、主観や誤りが多く含まれる。


 今回の旅が始まって、既に三都市に立ち寄っているので、今の剣奴連国の状況は概ね把握出来た。

 近々、剣奴連国内の派閥が権力階級を決める為の闘技会が開催される。

 剣奴連国内の派閥より、代表剣奴が選出され、闘技会で闘い、勝利数の最も多い派閥が最高権力を握る。

 当然、真っ正直に強さのみで結果を出すような事はしない。

 裏取引で勝敗を握り合っていたり、相手の剣奴を引き抜いたり、闘えなくしたりと、既に闘いは始まっていた。


 剣奴として闘う者は、国の内外から集まって来ている。

 覚者のライドウと呼ばれいた青年も、闘技者で間違いないだろう。


 狩猟国の狩人達やブラドが覚者をあっさり倒しているので、私的には大して強くない印象だ。

 しかし、欲国、新月国、赤月国で見た戦闘従事者と比較すると、覚者はかなりの強者となる。

 闘技会の出場者が、私の想定しているレベルであれば、覚者の優勝は確実だ。


 私達の居るシロンの町では、闘技会関係者という雰囲気の人々を、結構な頻度で見る。

 水上交易の拠点であるシロンの町は、見慣れ無い物や人で溢れているが、闘技会関係者は皆、さらに異彩を放っている。

 武芸者として侮られる事のないような威嚇なのか、互いに衝突を避ける為の存在アピールなのか不明だが、5mはある槍を持ったり、1人で剣を100本持たなくてもいい気がする。


「私達と行き先が同じ人達が多いみたいだけど、この国で何かあるの?」


「あの人達は天眼県にある闘技場が行き先です。わたくし達は、更に北の刀尾県行きですから、同乗するのは途中までです。今は闘技会の時期ですから、北に向かう者は多いのですよ」


 ディアナは闘技会と一言に言ったが、闘技会には幾つもの種類がある。

 定常で娯楽や賭け事の対象として開催されている闘技会もあれば、決闘裁判のように使用される闘技会もある。

 今開催されようとしている闘技会は、この国で最大級のものであり、実質、国のトップを決める国政争奪だ。


 私はこの国政争奪の機会に、ディアナ及びシルビウス家の駒として、利用されるのだろう。

 闘技会の仕組みと、ディアナから私に向けられる感情から、使い捨てにされる事は間違い無い。

 私は問題無いが、リュー君が肉体的、精神的に傷つかないように、注意を払わなくてはならない。


「目的地まで結構な出費をさせてるけど、これ、帰りも送ってもらえるの?」


「当然です。シルビウス家の名にかけて、あなた達を送り返して差し上げますよ」


 堂々とした声、自然な立ち振る舞いでディアナは嘘を口にする。


 私達は片道しか用意されていない船へと乗った。


 ――


 船はかなり大型で、大量の貨物を格納しつつも、300人分の客室が設けてあった。

 既に飛行艇という乗り物が存在する文明界は、水上航行の技術もかなり進歩している。

 理屈は飛行艇と同じで、浮力が発生する機体を、術による流体操作で動かす。

 術具がメイン動力で、細かい制御が必要な部分は、術士がマンパワーで解決する。

 文明界は、術と人の生活が非常に密接だ。良く出来た仕組みであると同時に、術無くしては生き難い世界だ。


 私達は揃って甲板に出て来ていた。

 今回もディアナの計らいで、3人がゆったり出来る船室を用意して貰ったのだが、残念ながら環境が良くなかった。


 乗船するなり、お隣の船室で情熱的な性行が始まってしまったのだ。


 リュー君は過去の経験から耐性があり、多少の嫌悪感を醸し出しながらも、平気な様子だ。

 私は正直、今のメンバーでこの生音を聞き続けるのは嫌だった。

 一番耐えられなかったのは、純真ナンバーワンのディアナだ。目は泳ぎ、耳まで真っ赤になりながら、10分程で甲板に出る事を提案してきた。


 天気が良い事もあって甲板には人が多かった。装飾品を売る商人、囲碁のようなゲームに興じる船員、ここでも武力を誇示する闘技者など、かなりガヤガヤしている。


 ディアナは船尾の方に行ってしまった。私とリュー君が2人で居るのを見るのも、何かを想起させるようだ。


「リュー君は何かしたい事ある?」


「こんな大きな河は初めてなので、魚獲りがしてみたいです」


 危険地帯にいた頃からリュー君は魚食派だ。ヤクトは新鮮な魚が手に入り難いので、食べる機会がすっかり減っていた。


 船の側面では、魚釣りをしている人達がいる。上流に向かって進んでいるのだが、以外と釣れるようだ。

 手先の器用な商人が、竹材と糸で釣竿を作って売っている。ルアー釣りのようなので、針付き疑似餌まであった。


 私達は早速釣り具を買い、釣りに興じる事にした。どうせ半日は船の上なのだ、暇は楽しんで潰した方がいい。


 私とリュー君程、釣りに向いている存在はいないだろう。

 魚の位置把握と疑似餌のコントロールが完璧なのだから、魚さえ居れば釣り放題だ。しかも、食用に適した魚を選ぶ事すら出来る。


 数十分で大漁となったせいか、他の乗客も釣竿を買い始め、一瞬にして釣りブームが到来した。


 私達は魚を食べる為に獲ったので、調理の用意をした。

 川魚なのでナマ食は危険だが、船の上では火気厳禁なので、調理方法は限られる。

 火が使えない場合の冒険者流調理として、半乾き焼きという手法があるので、早速金属の刃物に魚を刺して調理した。


「ここの魚、美味しいね。ヤクトの魚は微妙だったから、余計に良く感じるよ」


「本当ですね。前にユズさんと食べた魚を思い出します」


 私とリュー君が、魚を食べていると、物騒な気配を感じた。

 それをいち早く探知したのはリュー君だ。つまり術によるなんらかの干渉を受けているのだ。


 気配を発しているのは、ライドウと呼ばれていた青年だ。

 船首の高い位置から、甲板にいる人全員に向けて、なんらかの術の照準を向けている。

 言ってみれば、弾の入ったライフル銃を構えて、レーザーポインターで狙いを付けているようなものだ。

 しかも、かなり術の照準を隠しているので、並の術士では気が付かない。


 まるで子供が玩具の銃で狙いを付けるように、次々とターゲットを変えて遊んでいる。これは恐らく挑発しているのだ。

 照準に気が付かない闘技者の精度の低さを嘲笑っている。そんな感情が相手から感じられる。


 そんな悪戯じみた行動にご立腹なのがリュー君だ。相手は術の照準で文字を書いたりしているようで、私に書かれた文字が、リュー君の逆鱗に触れたようだ。

 私は術力で行われる事の細かいディテールは把握出来ないので、何と書かれたかは不明だ。


 リュー君が爆発しそうなので、私が先に行動する事にした。


 術の照準が私に当たるタイミングで、術者の視線に私の視線を重ねる。


 金髪というよりは黄色に近い髪色でマッシュルームカットの揃った前髪から赤い瞳がこちらを見ていた。

 口元は忍者のように隠しているが、口元はニヤリと歪んでいる。


 照準遊びを止めた青年は、僅かな脚の動きで私の目の前まで跳躍してきた。


「おねーさん。見えてるね。貧乳って書いたの怒った?」


 その青年は、いたずらっ子が玩具を見つけたような顔をして、私を見下ろしていた。

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