剣奴脱出7
紫髪の人物は、怪しい気配を纏ってこちらに近づいてくる。
精神干渉の類いの術を広域に広げ、私達に何らかの攻撃をするつもりのようだ。
物理的、直接的な攻撃ではない事から、リュー君を無傷で攫いたいらしい。私は行動不能になれば良い程度の扱いだ。
リュー君は、相手の術が成立する前に手を打っていた。
回転のかかった指弾が、紫髪の人物の真横から飛んで来ている。
高度な探知術持ちでも認識する事が難しい弾が、紫髪の人物の顎を横から掠める。
相手から迫りつつあった術の気配は消え、紫髪の人物は踏み出した足が歩を進める事無く、地面に崩れ落ちた。
「やるね、リュー君」
「ユズさんはこういうのがお好みなんですよね」
まだ少し棘のある物言いだが、リュー君の機嫌は概ね良好のようだ。
「不審者はとりあえず冒険者組合に連れて行ってみようかな」
この不審者には連れがいない。獣車の御者も一旦帰らせている。夜の暗がりで1人、如何わしい事をしようとしていた変態だ。
身なりから、結構な上位階級の人物だと分かるので、権利ないし財力で欲を満たし過ぎた結果、非合法ゾーンまで突き抜けたタイプだろう。
私は倒れた紫髪の人物を荷物のように担いで歩き出した。ある程度中立的な立場にある冒険者組合ならば、この手の力がある変態を上手く処理してくれるかもしれない。
―
「うちは宿屋や治療院じゃないんだから、そんな奴連れてこられても困るんだがな」
オレンジ色の髪と髭が、爆発したような形状の大男が、迷惑そうな顔でこっちを見てくる。
この人は冒険者組合の職員でマルスという名だ。役職は不明だが、建物内に居る冒険者の態度から、それなりに権力のある人物のようだ。
迷惑そうにしているが、私達を建物内に入れてくれた上、紫髪の変態を拘束して床に転がす許可をくれたので、良識があり寛容な人だ。
「いきなり襲われたので、咄嗟に倒してしまいました。この人は有名な権力者だったりします?」
「知らん顔だがそれなりに高位の術士だろうな。服装や装具がいい」
床に転がされ縄で手足を縛られた変態は、確かに高級そうな服を着ている。
金の刺繍がある白いシャツの上に、ロングコートのよう緑色の上着を羽織っており、タイトな皮のパンツを穿いている。
装飾品も多く身に付けているが、内部構造から術具ばかりだと分かった。
外科的に切開して埋め込んだのか、体内にも術具が確認出来る。
こんな事をするのは狩猟国の狩人くらいだと思っていたが、居る所には居るようだ。
どの道、術具を埋め込むような奴は、用心深く諦めが悪い。意識が戻ったら、もう一騒動ありそうだ。
「赤月の冒険者組合は、術士の方が多いですね」
組合建物内に居る冒険者の大半が、術士ですよと言う見た目だ。
「ここは元々、術の研究で栄えた街だからな。冒険者やろうって奴は大体、火術や操術が得意な奴さ」
てっきり血鬼や吸血鬼が幅を利かせているのかと思ったが、中枢は術士が牛耳っている。
「私達は術に縁が無いので、この街ではおとなしくするしかないですね」
「高位の術士倒してよく言うぜ。お前らの事はヤクトのじい様から聞いてる。一般の冒険者と同じ扱いにしろって、わざわざ言われたぜ。お前ら、絶対何かあるな。揉め事は他所でやれよ」
冒険者のネットワークは、情報伝達において、文明界では最高クラスのクオリティだ。
情報の虚実、正確さで、冒険者の生き死には決まる。そんな業態で情報を蔑ろにする訳がない。
「さあ、それは床の人次第じゃないかな」
紫髪の人は、一見気絶しているように見えるが、意識は覚醒している。
どう言う理屈かは不明だが、昏倒からの回復が異常に早い。
床に倒れた姿勢から、気流を操作して浮かぶように体を起こし、手足の縄を切断する。
リュー君は同じ手段で再度昏倒させる事が出来るが、話が進まないので今回は自粛してもらった。
「………」
無言のままだが、リュー君への絡みつく視線と、溢れ出す肉欲の感情は、昏倒前と変わる事は無い。
「あなたはアフラさんじゃないですか? 私達には初めて会うかもしれませんが、共通の知り合いが居る間柄かもしれませんよ」
リュー君に向かっていた意識が、危険感知という形式で、私の方へ向く。
欲国の裏の支配者であるアズルスが収集した情報は、近隣国のあらゆる事象に繋がっていると言っても過言ではない。
私がアフラと呼んだ人物は、私達、特にリュー君とは深い関係性がある。問題なのは、関係性が強いのに、お互い初見である事だ。
「俺はアフラなんて名じゃない。店主、水を一杯くれ、いきなり立ったので気分が最悪だ」
アフラ(?)はよろめくように空いた席に座ると、水の代金として金貨を一枚テーブルに置いた。
「コーラル商会の紹介で仕事をされませんでしたか? あの依頼主は、私の知り合いなんですよ」
「コーラル商会ならば知っているぞ。どうやら共通の知り合いが居る事は、間違いなさそうだ。俺の館で話をしたいものだな」
「いいですよ」
私の言ったキーワード全てに反応した。この人物は私が想定した通りだった。
アフラ(?)は、アズルスがリュー君に使用した術の設計者であり、タニアがリュー君の解術の最終手段として提案した人物だ。
―
私達は冒険者組合を出て、アフラ(?)の獣車に乗った。
赤月の首都である煌びやかな街のメインストリートを、豪華な獣車が抜けて行く。
「ユズさん。僕には事情が全然分からないんですが、この方はお知り合いなのですか?」
「いや、初めて会った人だけど、多分タニアの知り合いだよ。アフラという名は、恐らく昔使った偽名だね」
リュー君へ色に狂った視線を送っていたアフラ(偽)が私を睨む。
「お前ら、タニアの知り合いか。俺はあいつにデカくて屈辱的な借りがある。直ぐにでも返したいから、赤月に来るように言っといてくれ。後、俺の名前はミトラだ」
タニアと知り合いという情報で、リュー君の表情が若干緩くなった。
しかし、欲情した視線にも、物怖じしないなと思っていたら、リュー君にとってはそう言う視線の中が日常だった。
リュー君が以前に居た日常が、いかに異常かよく分かる。
「タニアは今外界に居るから無理だね」
「そうか、それならまた後でいい。それより、お前ら何しに来た? 俺を殺そうって訳じゃないんだろ?」
「あなたに会ったのは偶然。ただ、あなたがリュー君に気付いたのは必然かな?」
「そりゃ、俺の最高傑作が目の前にあるんだ。見過ごす事なんか出来ないね。それに最高傑作に無い筈の答えが添えてあるんだ。興奮しない訳ないだろ」
ミトラがリュー君に見ているのは、容姿の美しさ愛らしさでは無い。
リュー君に掛けられた暗示を作った術の痕跡に興奮しているのだ。タコちゃんが作った解術にも反応しており、術式の美しさに性的興奮を覚える真性の変態である事は間違い無い。
「それで、あなたはリュー君をどうするつもりなのかな?」
「そんな物決まりきっている。術式がいつでも見られように、俺の館に飾るのだ。専用の部屋を用意し、そこで永遠に愛でる」
ミトラの発言にリュー君は即座に反応し、指弾を発射していた。
ミトラの鳩尾に指弾が入り、悶絶し続けていた。




