96話 罪は私を緋色に染めて19
「……それでは会議を始めましょうか」
マーガレットの発言に碧火が声を上げる。
「あの人が来ていませんが」
「ニュクスさんは本来協力者です、正式な官吏では無いので、会議への参加は任意とするべきでしょう」
そう彼女が言った所で、扉が開く。
「…………」
「貴女はアリスさんでしたね、あの人の代理として来たのですか?」
こくりと頷いた少女にマーガレットは席に座るように促す。
アリスは数枚の書類を碧火に渡すと、席には着かず、部屋の壁際にそっとたたずんでいる。
「……まあ、良いでしょう、それでは会議を始めましょうか」
会議が始まると、いつもと同じ様に軍務尚書が口を開く。
「兵部、訓練の改善を行い、生存率を高めるよう努めている」
「解りました、出来る限り死者を出さないようにしなければ、国は疲弊し、崩壊します、そのままより生き残る能力を高めるようお願いします」
「了解した」
その次は会議に使う円卓の順番で決まる、マーガレットの隣に座った軍務尚書以外は席が決まっていないので、ただの早い者勝ちだ、結局全員に回るので問題が起こった事は無い。
「農部、異常なし」
農部尚書は基本的に早く来ている、だが、やる気がある訳では無い、全ての仕事は必要最低限、問題を隠ぺいする事は無いが、命令を受けなければ解決する事も無い、それでも有能ではあるので今の地位に居るのではあるが。
「吏部……最近は優秀な人材が少ない」
基本的な人事を司る吏部ではあるが、大抵人財不足に悩んでいる、吏部尚書は国を思う気持ちは強くそれ故に悩み、最近では胃痛が酷いらしく、軍務尚書に心配されているらしい。
「刑部、異常はない」
あくまで異常『は』無いと言う刑部尚書、法と刑を司る軍務に異常があっては困るのだが……犯罪も異常だが、国としては問題ないという趣旨の言葉にマーガレットは頷いた。
「戸部、あれから国庫の不正な持ち出しは無くなった」
その事実を既に確認していたマーガレットは一つ頷いて次を促す。
「工部、防壁の修理完了」
その言葉は敵の侵攻に対し、防衛力が多少回復したことを表していた。
「それで、碧火さんは、なにかありますでしょうか?」
「はい」
そう短く呟いて碧火は懐から一冊の本を取り出して戸部尚書に投げ渡す。
「これは……無くなっていた書物の内の一冊ですね」
「宰相の部屋から見つかりました」
碧火の冷静な一言に全員の目が、今まで一言も発していなかった宰相の下へ集まる。
「この国は実力主義、能ある物が上に立つ、そしてその者は責を負う覚悟を持たなければならない……宰相、貴方はその責を果たそうとせず、書物を処分するために持ち出し、戸部の記録を改竄した……知識はそれを欲する全ての物に平等に与えられるべきであり、それがどれだけ己にとって都合が悪かったとしても、それを伝える媒体である書物を破棄する事は認めてはならない事であり、後世の者たちからその書を読む権利を奪う事であり、罪であると私は考えます……刑部尚書、どうでしょうか?」
司法を扱う刑部へと訴える形で話を切った碧火に刑部尚書は頷いて見せる。
「……罪状は全ての民への知識を得る権利の侵害、戸部の記録改竄……既に十分な罪でしょう、全ての財産を取り上げ、数十年牢に入れるには」
刑部尚書は知る事の権利の侵害を重く見る、それは皆が分かって居るが、今回ばかりは誰も反対する事は無かった。
「……ちっ」
素早い身のこなしで逃げ出そうとした宰相を軍務尚書が追い詰め、組み伏せようとする。
「……消えろ」
凄まじい炎が噴き出し、軍務尚書は吹き飛ばされる。
「まさか……悪魔の力?」
「そうよ、我が主は配下の力を与えて下さった」
魔物とは違い、悪魔の力は最下位の者であっても人の能力を遥かに超えるものだ。
「この国はもう十分だ、燃え尽きるがいい、【カースフレイム】」
呪われた黒い炎が噴き出して円卓の周囲を焼き焦がそうとして、皆は目を閉じた。
「……私は警告したはずだが、手紙を読んでないのか?」
静かな声に目を開けると、冷気を放つ荊が壁の様に皆を守っている。
「それは読んだ、だが、そんな事知った事ではないわ」
「……そうか、お前に与えられた悪魔の力は『ウコバク』地獄の釜の火に油を注ぎ続ける者のようだが……まあいい、警告通りお前の様な愚か者は……地獄の業火に焼かれて貰うよ」
いつの間にか部屋に居た彼女が手を宰相へと向けると、その足元から生えて伸びる十数本の荊が高速で突撃した。




