62話 束の間の安寧2
……そろそろ体がまともに動かせるな。そう判断して私はベットから起き上がるとセイを呼ぶ。
『どうしましたか?』
直ぐに部屋にやってきて質問する彼女に笑いかける。
「大丈夫、そろそろ訓練を始めないとね、それじゃあ行くよ」
そう言って彼女の腕を掴むとそのまま転移陣を発動した。
転移した先は私のダンジョンがある場所の近くの木々に囲まれた小屋だ、転移場所の指定はダンジョンコアを使って設定した……アザトースのシステムも意外と穴が多い。
「それじゃあ始めるよ、まずは魔力じゃなくて霊力を鍛える、霊力は魔力と違って精神力からなる力だからそこを鍛えるよ」
そう言って私は地面に魔法陣を描いてその中に彼女を座らせる。
「その中で三時間瞑想をすること、私は視界からは外れてるけどちゃんと終わったら教えてあげるからね」
『はい』
そう書いた紙を私に渡すと彼女は瞑想を始める。
私は少し離れた木の上で彼女を見下ろす。
……あの魔方陣は体感時間を狂わせるものだ、あの中での三時間は百日に相当する体感時間となっている。
彼女は耐えるだろう、たとえ何年であっても。
私も術式を仕込んだ紙片を懐に入れると結跏趺坐を組んで瞑想を始める……彼女と違う所は体感時間が彼女のさらに十倍となっている事だ。
…………どれだけ日が経ったのだろうか。
一時間のようにも感じるし、数か月にも感じる。
あの人がもう来ないのではないかとも思ったがそんな事はありえないと直ぐに振り切った。
そのような雑念があるから終わらないのではないかと思い、周りの世界に耳を傾ける。
風の音、木々のざわめき、小動物たちの鼓動、そんな物と自分の境界線が曖昧になり、全てと一つになったような感覚がしたとき、後ろから足音が聞こえてきた。
「終わったよ、よく耐えたね」
やっと聞こえたその声に思わず抱き着く。
「どんな物が見えたの?」
その問いに私は文字に表しながら伝えていく。
木々の間を駆け抜ける風の歩み、巨大なコロニーを築く小さな虫たちの神秘、ただ今を見ている動物たちの輝き、舌の無い私がそれを伝えるには時間がかかるけど、目の前のこの人は微笑みながら私の書いた文字を見ていた。
「色々なものが見えたんだね、その生物たちにある強いエネルギー、それが霊力だよ、それを取り込んで自分に流せる?」
そう言われてそっと目を閉じると辺りに溢れるエネルギーに触れてそれを自分の内に集めると目を開いて頷く。
「それじゃあこんな風に使ってみて」
そう言って星華さんが掌の上でエネルギーを燃やして熱を持たない黒い炎を作り出す。
それを真似して霊力を集めて放出すると植物の生命力のようなものが生まれて綺麗な光を放つ。
「それは……ここにその力を当ててみて」
そう言って星華さんは自分の腕に小さな傷をつけると私に差し出す。
恐る恐る私が出したエネルギーを近づけるとその傷はあっという間に癒えてしまう。
「植物の持つ生命力と再生力だけを凝縮しているのか、豊の治癒よりも効果が高そうね」
その言葉を聞いて嬉しくなる、なにせ星華さんの役に立てるのだから。
「陰陽五行の内の木の気が強いみたいね……私よりも豊の方が分かってるからそっちに教えて貰う事にするわ、他のエネルギーは出せる?霊力に自分自身の力を混ぜてみて」
そうすると綺麗に輝いていた光は一瞬で黒く染まり、強いオーラを放ちだす。
「陰陽は陰の気ね、私の領分だから私がしっかりと教えるわ、力が怖いなら安心して、私の方が濃いから」
そういうと星華さんはその手にエネルギーを集め始める。
やがて胡桃ぐらいの大きさに凝縮され、掌の数センチ上に浮かぶそれは黒と形容する事すらできないような色で、見てると吸い込まれそうなほどの魅力があった。
「射干玉の闇、そう呼んでるわ、瘴気をここまで凝縮したものの力を開放すれば数千人を狂気に突き落とすことも簡単にできる」
見ているとその球は崩れて消えてしまう。
「流石にこの体では維持できないね、瘴気も魔力と狂気を混合して少しずつ蓄えておかないと製造に時間がかかる、何度も使う必要のある術じゃないけど連発は無理だよ」
そう言って息を付いた星華さんは不意に私を抱きしめる。
「……何もここまでする必要はないからね、他にも学ぶ事はあるしね、でも、知りたいなら私が出来る限り教えてあげる、辛いこともあるけどそれでもやる?」
気が付くと私は頷いていた。
「……わかった、教えてあげる」
そう言って星華さんは手鏡を取り出す。
「これは私が作った魔具で相手を自分自身の精神世界に送り込む、何をするにも自分の狂気を乗り越えてからだよ、さあいったんダンジョンに戻るよ、これを使ってる間は無防備だからね」
そう言って差し出された手を私はしっかりと握りしめた。




