61話 束の間の安寧1
「忙しい中来てもらってすみません、碧火さん」
戸を開けて入って来た碧火さんにそういうと彼は笑って答える。
「構いませんよ、忙しいのはお互い様ですしね」
そう言って彼は私が寝ているベットの横の机に積まれた書類を見る。
「それは私の実験書類、豊に手伝って貰いながら纏めたもの」
「そうですか、ところで、なんの用でしょう?」
問われて私は本題に入る。
「橘花は知らないようですが、貴方は養子だそうですね」
「それが、どうかしましたか?」
……確かに問題はない筈の情報だ、私の推測が間違っていればの話だが。
「申公豹という名を知っていますか?」
その質問で私の言いたい事を理解したのか彼はあっさりと答える。
「昔の道士ですね、強力な雷の力を持つ武器を持ちながら戦いの為に使わなかった男」
……そうだ、答えは正しい、だが知っているはずが無いのだ、これは元々私が居た世界にある物語である封神演義の人物なのだから、普通その名を知る者は少ない上にそもそもこの世界にはその物語は存在しない。
「やはり、貴方はダンジョンマスターですね」
アザトースによると私たちが来る前にダンジョンの試運転に呼ばれた者が複数いる、ダンジョンは全て滅びているが数人のダンジョンマスターは生き延びて居るらしい。
「それが、どうかしましたか?」
……否定はない、それは肯定の証だ。
「それでは貴方を軍師に任命します、マーガレットには許可を貰いました、姜子牙殿」
「おやおや、名前もばれましたか、了解しました、それとこの事は橘花に内緒でお願いしますよ」
「解ってる、任せましたよ」
そういうと彼は部屋を出て行った。
「よくわかったね~碧火が姜子牙だって」
姜子牙、封神演義の主人公として有名な太公望の本名だ。
「アザトース、いいの?私にばかり協力して」
「いいのいいの、ほかのダンジョンにもたまに顔を出すし」
……暇なだけかこいつは。
「それより頼んだものは出来てる?」
ダンジョンメニューをよく見るとアザトースに頼めばショップにないものもDP次第で手に入ると書いてあった……物凄く小さい字で書いてあったけど。
「ダンジョンでの食料の確保や僅かな盗賊などの侵入者によって溜まっていた一万DPと交換であるものを貰う」
「でも良かったの?ダンジョンの階層を増やすなら半額で出来るのに。」
貰ったのは青く輝く大きな結晶……ダンジョンコアだ。
「ダンジョンマスターの条件は強い歪みを抱えている事、複数用意するためにアンタは学校という機関を利用して一か所に集めた、それはどうでもいいけどその条件ならいけるよね」
「良いの?あの子の意志は?」
「あの子自身に決めてもらう、私の為に断らないとは思うけどね、寧ろ邪神が文句言うな」
「ダンジョンの場所はどうするの?」
「私のダンジョンとリンクさせるから問題ない」
「あ、そう、そんじゃ私は帰るね」
そう言ってアザトースの姿は掻き消える。
……エルには怒られるだろうな、それに誰も賛同してくれないだろう、だがそれでもだ、私は既に決めている、私は皆の為に最高の悪になると。




