58話 華相院の問題児19
「……人は皆私を放って置いてくれない、私はただ永遠に眠っていたいのに」
小さな短刀を右手に持ってこちらにやってきた少女は呟く。
「これは、あかん、皆そなえろ!」
空さんの言葉に身構えると囁くような詠唱が聞こえる。
「現在過去未来、そんな物は空虚な妄想、今も前も先も全て同じ、一は千であり無限である」
感情の籠らない詠唱だが魔法が発動したとたん明らかな異常が生じる。
【狂気感染・時の崩壊】
その瞬間時の流れが変わる、それも早くなったり遅くなったり常に変化し混乱する。
空さんが何かを言い、何とか聞き取る。
「こいつは…体感時間の感覚を狂わせとる」
「そう、その通り」
その瞬間少女の声が聞こえてくる。
「私は生まれつき体感時間が狂っていた、私にとって一日は一分であり千年でもある、私はこの十数年で数万年を体感した、その感覚を伝えただけ」
「何故貴女は帝国に付く?」
聞くと少女は時間の感覚のせいで分からないが悲しそうな顔をした気がした。
「私のダンジョンは帝国に占領されてる、従わなければ死ぬ、だから従う」
……彼女もまた犠牲者か。
「仕切り直すよ、解除する」
その瞬間魔法が解除されて感覚が戻ってくる。
【抜刀術・斬首、公開処刑】
【氷弓術・氷柱】
【発破・鳳仙花】
同時に放った攻撃は少女を捉えようとするが彼女はすらりと身を躱してしまう。
今のは避けれる速度じゃ無いのに何故?
私たちの思考を読み取ったように少女は言葉を放つ。
「私は一秒で数百年の思考ができる、その程度の速度ならゆっくり考えて避ける事なんて簡単」
「流石眠り姫やな、厄介な能力や」
「眠り姫?」
「私のかつてのあだ名です、思考の負荷を和らげるためにいつも寝ていたので」
……厄介な能力だ、正直戦いたくないがやるしかない、倒す方法はある。
【ユニークスキル・退魔の法、圧縮】
彼女の周りを光が球状に取り囲み、収縮して彼女に攻撃する。
星華さんの瘴気と同じで本来攻撃出来ない対象にも効果がある程に濃度を高めたものだ。
光が消えた後には少女が大の字に寝ていた、服はボロボロで体力も内容だがまるでその事に興味を持っていないかのように落ち着いている。
「……殺せば?」
「何故?貴女は心から従っているのではないのに」
「今私を生かしたら絶対に後悔する」
「いえ、今貴女を殺す事の方が後悔します」
「そう、なら殺す気になるまで戦う」
そう言って少女は起き上がり再び武器を手に取る。
【狂気感染……】
「させるか!」
豊さんが素早く距離を詰めて当身で魔術の発動を阻止する。
「空さん、あの魔術の正体は解りますか?」
そう聞くと空さんは険しい表情のまま答える。
「あれはダンジョンマスターの魔術なんや、己の内にある狂気を対象にリンクさせる、最も個人差があるけどな……でもあれは規格外や、生まれてから十数年間ずっと受けてきた痛みの証、多分あれは星華のと同等、種類は違うが濃度はどちらも計り知れんわ」
「……あれは彼女の心なのですか?」
「そや、あれは危険すぎる、それに能力も厄介や」
「対処法は無いのですか?」
「……ワシが眠り姫の動きを止める、ワシも動けなくなるが、そこを狙え」
そう言って空さんは術を発動する。
【狂気感染・呼吸器の欠陥】
その瞬間空さんと少女は崩れ落ちる。
「大丈夫や、さあ今や!」
「はい」
【抜刀術・斬首、公開処刑】
「彼女をやらせる訳にはいかない」
ふいに現れた星華さんたちと同じぐらいの年に見える一人の男が戦斧の刃で私の攻撃を受け止めた。
……強い、多分ではなく確実に勝てない。
「俺はグレン、紅の蓮と書く……そんな事はどうでもいいがな」
そう言って紅蓮と名乗った男は少女を肩に担ぎ上げようとした。
「空、大丈夫?」
「ああ、豊、薬を」
「あれは、まだ……」
「完成してなくてええ、五分あればいい」
「無理しないでね」
空さんが豊さんから何かを貰い、紅蓮の前に立ちはだかる。
「俺と戦う気か?」
「ああ、そうや」
そう言って空さんは手に持っていた丸薬を口に放り込むと凄まじい速さで体当たりを食らわせる。
【発破・鳳仙花】
取り出した木筒に魔力を流して空さんが投げつける。
【業火・罪炎】
「なっ」
紅蓮を取り囲むように炎の渦が起こり、爆弾の威力も全て飲み込んで消滅した。
「なるほど、なかなか骨のある奴だ、何者だ?」
「ダンジョンマスター、空、苗字は無い」
「そうか、俺は帝国軍第十三部隊を率いる将軍だ、また会う時を楽しみにしている……それまでに病で死んでくれるな」
「それまでには今よりまともな体になっとくわ」
そう言って空さんは倒れ、豊さんに抱き留められた。
「撃退できたのかな?」
「侵攻には勝利しました、ですが……個人的には負けましたね、あの紅蓮将軍と言う方、星華さんと同じぐらいの力を感じました、それも弱る前の彼女ほどの」
「……悪いけど、これからは国よりも、空の病気と星華ちゃんの体の回復を重視させてもらうよ、勿論華相院の教官は続ける」
「解りました、お願いいたします」
そう言った瞬間に私も酷い疲労に見舞われる。
「眠り姫の魔術の残滓ですね、時間感覚の狂った中では精神力の消耗が激しいですから」
私は頷いて城へと戻る、当然星華さんの無事を確信しながらだ。




