57話 華相院の問題児18
「敵にダンジョンマスターがおるようやな、それもワシよりもゴーレムの生成に長けた奴が」
「東西から同時にダンジョンマスターの侵攻とは偶然でしょうか」
ゆっくりと向かってくる敵の考察をしている空さんに聞くとあっさりと帰ってくる。
「偶然やない、だけど偶然でもあるな」
「どういう事ですか?」
「東の森のダンジョンマスターは帝国の攻撃に乗じて攻撃を仕掛けに来とる、つまり二つの勢力に繋がりはない」
「なぜ解るのですか?」
聞くと空さんは何故か溜め息を吐く。
「敵対している二人のダンジョンマスターの事を知っとるからや、ある事件からあいつ等は水と油、協力なんて絶対にない」
「そうですか」
……その二人の間に何があった。
「所詮土塊、大した事ないな」
そう言って空さんが魔力の信号を送ると一瞬で敵軍の中に沢山の火柱が立ち上る。
「いったい何を?」
「奴らの中にワシのゴーレムを紛れ込ませた、表面は土やけど、中身は火薬と細かい鉄屑が詰まった特別製をな」
「空、まだ来てるよ」
急に今まで黙っていた豊さんが口をはさむ。
「泥でゴーレムを作ったんやな、爆破も鉄屑の攻撃も効かないか」
「私が何とかするよ」
そう言って豊さんは魔術の詠唱を始める……最も豊さん程の実力者なら詠唱は殆ど不要、魔力を練る補助的な物だからだ。
「相剋、互いに助け、互いに滅する、大地の力を奪うは森の繁栄、バルドルを殺すは一本の若き樹也」
【神術・宇迦之御魂、寄生木】
豊さんが放った小さな植物の種が風に乗りゴーレムに当たった瞬間異常な速さで成長してゴーレムを飲み込み、その力を吸い尽くした。
「ヤドリギ、ゴーレムの魔力を吸って成長するから最早あれは泥の塊に過ぎない」
……これが豊さんの森を支配する魔法、豊穣神の神格の力か、普段の私や星華さんの魔力をただ制御する魔術ではない形を持った魔法、抗う意志さえも奪い取ってしまう。
「さて、ダンジョンマスターのお出ましやな、あんたの出番や、勿論ワシらも援護するけどな」
こちらに向かってくる小さな影に私はそっと剣を引き抜いた。
[同時刻、星華側]
「……この武器、霊体を切れる」
「そりゃあ私が鍛えたからね、さあ、まだまだ居るよ」
驚いている橘花を危険な目に合わせないように立ち回りながら亡霊とたまにいる下級死神を切り伏せていく。
敵が消滅するときに撒き散らす瘴気は全て吸収して取り込んで毒で弱っている体力の回復に充てる。
……少し多いな、私は大丈夫だが橘花の具合が悪そうだ、私が取り込んでいるとはいえ瘴気の充満したここに長い間居るのは避けなければ体に悪い。
「橘花、その刀の柄の先端に付いてる碧の宝石に魔力を流して」
「え、ああ、うん」
私に言われるままに橘花が魔力を流すと彼女の周囲の瘴気が薄れる。
「これは?」
「簡単な術式を仕込んで橘花が受ける瘴気を代わりに取り込んでくれるようになってるの、限界はあるけどこのくらいの瘴気の濃さなら数時間は持つよ、取り込んだ瘴気は後で私が吸収するわ」
「解りました」
これで橘花の心配は不要だ、呪術の力も消してくれるから心置きなく戦える。
【邪術・悪魔の嘲笑】
私を中心として辺り一面に噴出した瘴気の渦が全ての存在を歪ませ、消滅させていく。
「これは……」
橘花への負担を考慮して直ぐに解除するが、それでも殆どの敵は崩れ落ちて灰と化している。
「何故霊に瘴気の攻撃が?」
「私の瘴気は濃すぎる、全ての存在の定義そのものを搔き乱すぐらいに、少しの時間なら普通の生物は火傷を負う程度で済むけど霊体は存在がそもそも希薄だから消滅してしまうの」
……だが、私への負担も多いこの魔術は危険だ、先日の火傷は威力を一点に集めたから食らった物だが、長時間使い続ければ動けなくなる可能性が高い。
「……星華さん、上級死神が来ています」
「解ってる、橘花は離れてて、あと刀を借りるね」
動けないゴーストとレイスを取り込んで破壊しながらデスが向かってくる。
中に浮かんだローブから覗く骸骨の顔と巨大な鎌はまさしく死という名に相応しい。
……だが。
「この国に死は一人で十分だ」
私は災害だ、少し間違えばこの国を破壊する、ならばその力を守る為に使おう、不老不死の私が死を破壊しよう。
橘花の刀を左に私の匕首を右に持ち、デスを見据える。
【死・デスサイス】
素早く振り下ろされた鎌をよけた瞬間凄まじい痛みが全身を襲う。
……魂魄を削る攻撃か、防げないのは厄介だ。
【体術・掌底、邪印】
距離を詰めて叩き込んだ掌から破壊の呪詛を送りこむが深淵に飲み込まれるようにその力は効果を失ってしまう。
【抜刀術・斬首、公開処刑】
二本の刀で放ったそれはデスの首の所で交差し、鋏のようにその首を切り落とす。
「……この程度じゃ死なないよね」
デスは落ちた頭蓋骨を拾い上げると元あった場所に戻す。
このままじゃ殺されるな、弱った私ではあと一回か……あれをやるしかない。
右手の匕首に瘴気を左手の刀に破魔の魔力を大量に込めてその刃を打ち合わせる。
【陰陽之法・対極陣】
放たれた魔力がデスを縛り上げ、そこに一つに纏まった刃を突き立てる。
その瞬間からデスの体に亀裂が入り、塵となって消えていった。
陰と陽、真逆の二つが交じり合い大いなる力となる、言うのは簡単だが成功させたのは安倍晴明など大陰陽師しか居ない秘術だ。
「星華さん、大丈夫ですか!」
「きついね、でもまだ一人残ってる、さあ、やるよ」
そう言って橘花に刀を返すと軽い足取りで向かってくる小さな影をそっと見据えた。




