52話 華相院の問題児13
「良かった、普通の稲荷寿司だ」
そう言いながら豊が作った稲荷寿司に舌鼓を打つ。
「ちょっと、それどういう意味?」
「だって豊の料理って美味しいかダークマターのどっちかじゃん」
原因はアレンジ、普通なら問題無い筈なのだが、豊の場合何故かそれが最高か最悪のどちらかになるのだ。
「……だって美味しくなると思ったんだもん」
「少し考えてから入れればいいのに、まあこれは美味しいからいいけど」
そう言って次々と稲荷寿司を頬張る。
「ちゃんとお粥も食べてね」
「解ってるよ、自分で頼んだんだしね」
そう言ってスプーンを持ち上げる。
「……あれ?」
持てない、正確には安定させる事が出来ない、何度持ち直しても指から滑り落ちてしまう。
「治療の時の麻酔に色々植物を使ったからその副作用かも、手を貸すよ、ほら口を開けて」
そう言ってお粥を救ったスプーンを口元に持ってくるけど正直恥ずかしい、いや、かなり恥ずかしい。
「熱っ!」
「……そう言えば猫舌だったね、忘れてた」
絶対解ってやってる、麻酔に使う植物も効果を計算するぐらい豊には造作もない、これは私にも出来ない能力。
「ほら、お茶を飲んで」
そう言って差し出された湯呑に入ったお茶を口に含む。
「……これ何?」
「お茶だけど?」
「材料は?」
「ええと、漢方薬色々、体にいいよ」
……それはお茶ではない、薬湯だ。
「そうだ、何か作って欲しい作物があったら言ってよ、直ぐに出来るから」
唐突な申出に少し戸惑った後、答える。
「大豆って作れる?味噌とか醤油が欲しい」
この世界の何が辛いかって、醬油と味噌が無いのが特に辛い、魚も塩だけだと飽きて来るし他の料理にも合う。
「出来るよ、微生物の活動の促進も出来るから多分時間はかからないよ、他に何かあるなら聞くよ、量的にあと一つが限界だけど」
「じゃあお酒も出来るよね、ついでだけど久しぶりに甘酒も飲みたい」
「どっちも似たような作り方だし大丈夫だよ、甘酒は体にもいいしね」
「それにこのお茶よりも飲みやすい」
そう言って空になった鵜呑みをベットの横の机に置く。
「わー酷い、でも全部飲んでるんだね」
「豊が心を込めて淹れてくれたお茶を残す訳が無いでしょ」
「……ありがと」
そう豊は呟いて少し俯くと赤くなる、やっぱりかわいい。
「すいませんが今よろしいでしょうか?」
「マーガレットだね、入っておいで」
入って来た彼女の切迫した様子に眉を顰める。
「どうなってる?」
「敵国がある西とは真逆、東に広がる森に少し入った辺りにダンジョンが現れました」
「やっぱりね」
あのゴブリン共はそこから来たのだろう、そうでなければあのような武器や毒を持って居る事はあり得ない、特に毒は豊ですら解毒に苦労する代物だ。
「どうするべきでしょうか?」
「私が何とかする、暫くは攻撃してこないと思うから」
あれだけのゴブリンを召喚すればかなりのDPを消費するはずだ、ならば私が回復する程度の時間はある。
「解りました、私たちではどうにもならないのでお願いします」
それだけ言うと彼女はそそくさと部屋を出ていった。
「あの毒の種類と混合の仕方から誰か割り出せるよね、教えて」
「星華ちゃん、やめた方がいい、彼女は危険だよ」
「彼女か、女であれだけの毒を作れるのは豊を除いて一人しか知らないね」
あいつは厄介だ、あのオカルト部の部長は……あれのせいで私の神秘学研究部も同じような扱いを受けたんだ。
「駄目だよ、回復するまではね」
「回復したらいいんだよね」
「……仕方ないしね」
「拗ねた顔もかわいいよ」
「本当にブレないね星華ちゃんは」
当然だ、ここだけはブレる訳に行かない。
「それじゃあ体力回復したいからもう寝るよ」
「解った、お休み」
そう言って出て行こうとする豊を呼び止める。
「なに、星華ちゃん」
「今日は少し寒いね」
「湯たんぽ持ってこようか?」
まったく、鈍いなぁ。
「一緒に寝ようって誘ってるんだよ」
「良いの?」
「勿論、温めてくれるよね」
私にそう言われて豊は真っ赤になる。
「うん」
豊は直ぐに一緒の布団の中に入ってくる……その体はとても暖かかった。




