51話 華相院の問題児12
「……もう少し気を付けようよ」
「いやー、油断した、まさか毒が塗ってあるとは、というかナイフを隠し持ってたとはね」
「実際あの毒で痛覚麻痺してたから助かったけど、そうじゃなかったら危険な怪我だったんだよ、何とか傷は縫合したし、しばらくすれば今までと同じように動けるようになるよ」
そう言って笑う豊の唇をそっと奪う。
「ありがとね、強がっては居たけど豊が居なかったら動けるようになるまでに時間がかかったと思う」
毒は数種類の物が混ぜられており、全ては解毒できなかったものの豊の豊富な知識と薬剤調合の技術でベットの上ではあるものの、起き上がって話せるぐらいには回復した。
「でも、星華ちゃんの体はまだ治ってないんだよ、大体あれだけの毒を直接食らって生きてるのも凄いよ、毒の効きにくい体質で良かったよ、その分薬も効きづらいけど」
「これも豊のおかげだよ」
「城の一室を使えたからね、薬草も手に入るし」
「あまり頼らないでよ、次は治せるか解らないんだから」
「解ってるって」
「所で、私の傷はどうなの?」
聞くと豊は一瞬だけ暗い表情になる。
「良くは無いよ、取り敢えず細胞の壊死は防いだけど、傷の治りは遅い、再生能力を下げる毒が混じってたけど解毒はしたから問題無い筈なんだけど、やっぱり治りが遅い」
「傷跡は残る?」
そう聞くと豊はにっこり笑う。
「残らないよ、時間はかかるけどね、大体私の大切な星華ちゃんにゴブリン如きに付けられた傷を残す訳が無いよ」
「ありがとね、豊、おいで」
そう言ってベットの上に座るとその体を抱き寄せる。
「あ、星華…ちゃん」
「大丈夫、こういう事望んでたんでしょ?」
そう囁くと彼女は上気した顔で頷く。
「うん」
その答えに一層強く抱きしめると、汗ばんだその細い首筋に舌を這わせる。
「ああ、食べてしまいたい」
「星華ちゃんだと比喩に聞こえないからやめてよ」
「齧っていい?」
「やだ」
ふざけながらもよりしっかりと抱きしめようとした瞬間激痛に襲われてベットに倒れこむ。
「星華ちゃん、大丈夫?」
「やっぱり無理、続きはまたいつかね」
少し休もうとした時、部屋の扉が叩かれる。
「よろしいでしょうか?」
「構わないよ、入って」
そう言うと橘花がそっと扉を開けて入ってくる。
「体は大丈夫ですか?」
「豊に聞いて」
「今の所は大丈夫、傷も残さないよ。私は治療魔法は出来ないけどその人の許可を得れれば生物の生命活動を活性化する事が出来るからそれで治療した……治療というよりは自己再生だね」
「豊、それって老化するんじゃないの?」
「私たちダンジョンマスターは不老不死だから大丈夫」
「……私たち?」
橘花が怪訝そうな顔をしているのを見て私は答える。
「説明してなかったかな、豊もダンジョンマスターだよ」
「そうでしたか」
「あれ、反応薄いね」
豊が面白がるように言うと橘花は呟く。
「……もう慣れました」
「星華ちゃんと一緒だとそうなるのも仕方ないよね」
「おいコラ、それはどういう意味だ」
「だって星華ちゃん普通じゃないじゃん」
「豊と違って常識は持ち合わせてるわ!」
「どうせ使わないんだから意味ないじゃん」
……傷関係無しに胃が痛くなってきた。
「で、橘花は何の用?」
「私は容態を聞きに来ただけです、失礼しました」
そう言って彼女が出ていくと豊が呆れた様に呟く。
「慌しいねぇ」
「気付いて無かったの?私と豊がイチャイチャしてる時、橘花は部屋の前に居たよ」
「それで気まずかったのかな?まあいいや星華ちゃん、何か食べたい物はある?」
少し悩んだ後、ふと思いついて頼む。
「久しぶりに豊の稲荷寿司が食べたいな」
「……米が収穫できたタイミングを見計らったかの様な注文だね、良いよ、沢山食べて回復してもらわないといけないからね」
「あとお粥でも一杯作ってよ」
「勿論いいよ、材料はある物で何とかするね、それじゃあ出来るまで少し寝た方が良いよ、傷が塞がる程度で跡はまだあるけど生命活動を促進して治療したから疲労が溜まってる筈だからね」
そう言って豊は部屋を出ていく。
痛む体で一度大きく伸びをしてから布団を被り、目を閉じる。
一つ心配なのは豊の料理の出来だ。
間違っても下手ではない、寧ろとても上手い部類に入るだろう。
ただそれは変なアレンジをしなければの話なのだ。




