48話 華相院の問題児9
今日は少し事件が起きた。
小形の魔物数匹が国を囲む壁の隙間から侵入して直ぐに鎮圧されてたが民間人一人が命を落とした。
そして死体が転がっているそこにマーガレットを引っ張って来た。
「これは、惨い事を」
目を伏せようとする彼女の頭を掴んで、無理矢理前を向かせる。
「目を逸らすな、これが死、命の理だ……そして戦争になれば今回以上の戦死者を出す事を覚悟する必要がある、解ってるね?」
「解っています、解っては居るんです……でも、嫌なんです、これ以上誰かが傷つくのは」
全く馬鹿な奴だ、戦いを指揮する立場でありながら味方が傷つくのを極端に嫌がる。
……だけど、それが彼女の良い所だ、兵を大切にしない者に自ら従う者は居ない。
それでも言わなければいけない事はある。
「だが、戦わなければ民に被害が及ぶ」
「それでも、方法はある筈です、皆の命を守った上で勝利する方法が」
「私が居るんだ、味方を出来るだけ守る戦いをするさ、だけど、私が言いたいのはそれだけじゃない」
そう言って彼女を見据え、ゆっくりと言葉を放つ。
「戦いで勝つという事は敵を殺すという事、貴女は相手の国の人々の悲しみと恨みを背負う覚悟があるのですか?」
「……」
その言葉に彼女は何も答えられない、いや、答えられる訳が無いんだ……我ながら酷い事を言うなと思いながらも厳しく彼女の答えを待つ。
「私には、出来ません、そこまでの覚悟も器も私には無いんです」
その答えは本心、けれどそれこそが私が望んだ答えだ。
「それでいい、そんな覚悟するな、するなんて嘯くならその顔を張り倒してやる所だったよ」
敵を殺す覚悟はあっても背負う覚悟は無い、当然だ、そんなものは偽善、独善、後悔しないより質が悪い、「私は殺したけどちゃんと解ってるし背負ってる」などと言われて納得できる遺族は居ない、余計に恨まれるだけだ。
彼女の目を見るとそれは彼女も良く解っているのが見て取れる。
「……背負う覚悟はするな、だけど、恨まれる覚悟はしておくべきだ」
「解っています」
目の前の惨状と私の言葉に涙を流す彼女をそっと抱きしめる。
「そんなに気負わなくても良いよ、罪は全て私が肩代わりする、私がダンジョンマスターとして貴女の下で戦えば戦いの罪と怒りは全て私に向けられるように仕向けれる」
「……そんな事」
「ダンジョンマスターだからね、嫌われ者には嫌われ者なりのやり方があるさ」
そう言って笑って見せる。
「なぜ貴女はそこまで自分を犠牲に出来るのですか?……私には解りません」
「違う……自分を犠牲にしてる訳じゃない、私は……他者にさほど興味が無い、皆どうせ私の力を知れば鬼や魔物と言われて石を投げられる身だ、情など最初から持ち合わせていない」
「そんな事はありません」
そう言う彼女の言葉にも自信の無さが滲み出ている。
「そんなものさ、でも貴女は違う、私を魔物に近い物と理解しながらも歩み寄ろうとし、仲間とした、ダンジョンマスターという信用できない者をだ、だから私は貴女の望みを叶えることにした……利害の一致が無かったとは言わないけど、そういう事だよ、私は国に仕える気はさらさら無い、けど、貴女の為になら動いても良いと思って居る」
「……ありがとう」
「礼は良いよ、私も好きでやってるんだから」
「酔狂な人ですね」
「そうだね、そんなものさ」
暫くしてふと魔物と人の死体をよく見る。
「どうかしましたか?」
「おかしい、私は事件が起こったと聞いて私はこの付近に住む全ての人の戸籍を確認したけど、この人は居なかった」
「どういう事ですか?」
「こいつは、帝国の者だ」
そう言って私はいつもの匕首とは違う刃渡り十五センチ強の長さのドスを取り出して鞘から抜く。
「何をする気ですか?」
「この手の者は危なくなると大事な物を飲んで隠す事がある」
「……今度は見ないで良いですか?」
「うん、目を逸らした方がいい、寧ろここに居ない方がいいかも」
「ここには居ます」
そう言う彼女を放っておいてドスを振り下ろす。
肉を切り裂く生々しい感触と血の鉄臭さ、肉片の生臭さが辺りに立ち込める。
ぐちゅり、というような音を立てながら私は男の体を解体していく……全く、女の人ならまだやる気が出るのに。
後ろで顔を背けている彼女が段々遠くに移動しているのが解る。
服が汚れてしまわないように私は今裸だ、服は脱いで彼女に預けてある、どの道こんな現場に近寄ろうとする者など居ないから構わない……タオルもあるから後で拭ってから服を着てさっさと風呂に行って体を流す、多少は汚れるが仕方ない。
暫くして胃の中から取り出したのは血まみれの金属製の小さな筒だった。
「それは……何ですか?」
「中に紙が入ってる筈だけど今開けたら汚れるからね、一旦綺麗にしてから開けよう」
体に付いた返り血を拭って、服を着ながら彼女と話す。
「解りました、取り敢えず貴女が体を流してからにしましょう」
「そうね、これも一緒に血を流しておくわ」
そう言って肉塊を捨て置いてさっさと城の風呂へと向かった。




