41話 華相院の問題児2
「良かったんですか碧火さん、一応貴方私たちの教官ですよね」
「そうだね、私は全三学年の内最高学年の教官だから問題は無いよ、一応ここの事象にはある程度の権限があるから」
「解りました・・・聞いておきますが遠慮や手加減などは?」
念のため確認しておくと彼はそっと笑う。
「・・・死なない程度にはしてね、あと目立ち過ぎない方が良いよ、正体バレない程度にね」
そっと囁かれた言葉に顔をしかめる。
「貴方にはバレてましたか」
「これでも兵術、戦略の師範だからね、予測は出来るよ」
「そうですか、でわ終わらせます」
そう言って食器を返し、運動場へと向かった。
「準備体操は良いのか?」
紅玉が馬鹿にしたように言ってくる。
「いえ、戦場で敵は待ってくれませんからね」
笑って、しかし冷たく言い放って木剣を持つ。
「私が見ておくとするよ、私が負けた事がこの騒動の原因みたいだしね」
そう言って冷ややかに紅玉を見た碧火は言う。
「さて、初めて良いよ」
全力で振り下ろされた木剣を軽く受け止めて横に流す。
「技が大振りすぎ、相手は案山子じゃないんですよ?」
「このっ!」
再び、今度は前よりも早く切り付けて来た攻撃を僅かに後ろに下がって避け、そのまま体を前に戻す勢いで当身を放つ。
「・・・人間って当身で飛ぶんだね」
碧火の呟きはどうでもいいが弱すぎないか?
「それで最高学年の訓練生?」
「煩い!」
突進してきたところを正面から頭を掴んでそのまま後頭部を地面に叩きつける・・・勿論加減してだ。
「あんた解ってる?戦場で捕まったら死か拷問だよ、その程度の事も理解できないの?」
そのまま首を掴んで空中に持ち上げて言葉を続ける。
「私があと少し指に力を入れたらあんたは死ぬ、自業自得だよ、相手の実力も読めなかったんだから、そのぐらい野生の動物ですら出来るよ・・・・・・ここから去るかもう一度最低学年からやり直せ」
出来るだけドスの効いた声で言った所で碧火が止めに入ったので紅玉の体を放り捨てる。
「・・・やっぱり君にこの国で官職に就く資格は無いよ、紅玉」
「そ、そんな事は・・・だってこいつは教官に生意気な事を」
「・・・教官に勝利しその威厳を損ねたとでも?」
碧火の糸目がすっと開かれ、それを見た紅玉は石のように動かなくなる。
「この国は実力主義だよ、教官に勝利するならばそれは価値のある事だ、努力もしない君より遥かにね」
碧火の下した判断は冷静だった。
「君には礼の勉強を丸一年してもらう、その後試験に合格できなかったら退学だ」
「・・・はい」
「彼には戦場での心構えも必要では?」
碧火に進言する・・・私の立場を知って居る相手には話しやすい。
「忘れたとは言わせないよ、私は最高学年主任と同時に兵術の教官だ、彼が再び戻ってきたらしっかりと叩きこむよ」
「貴方は戻ってくると思って居るの?」
そう問うと碧火は苦笑する。
「一年と言っても実際は大丈夫と判断されるまでだからね、臨時で少しの間だけ来た礼の指導教官はスパルタだから直ぐに復活してくると思うよ」
「・・・豊か」
「彼女も君の関係者かい?黙っておいた方がよさそうだね」
「お願いします」
確かに豊は礼法の師範に相応しいが本性はそうでもないんだよね。
「それじゃあ君はもう寝た方がいい、報告はしているから怒られはしないけどね」
「そうですね、それではお休みなさい」
「お休み、若きダンジョンマスター」
「・・・結構疲れる一日だった」
「苦戦したのですか?」
「橘花は見て無かったんだよね、全く苦戦しなかった、疲れたのは盤上訓練だよ、あんなに頭を使ったのは久しぶりだ」
自分のベットに寝転んで愚痴をこぼす。
「・・・当然でしょう、碧火は兵術の天才ですから」
「もしかして知り合い?」
「・・・私の兄です、ここでは教官ですが」
まああの人は公私の区別はしっかりとしているだろう。
「兄は子供の時にここをトップで合格しました・・・それから私は大変でしたよ」
「ああ・・・無駄に期待を掛けられたのか」
「はい、ずっとトップでここまでの学校を終えたのですが、貴女に負けてしまいました」
でも、と彼女は笑って見せる。
「なんだか負けてみると楽になりました、重責から解放されたように」
「親は何も言わなかったの?」
「貴女の成績を確認して諦めたそうです」
・・・なるほど。
「変わった人だよね」
「確かに兄は変わっていますね、一切掴みどころが無く、全て見透かされている様な気がします」
だから彼は兵術の教官を務めているのだが。
「それよりも私は礼の教官がね・・・知り合いなんだけど、質が悪い」
「・・・何か?」
「好かれてる、性的な方で」
「女の人じゃあ・・・あ」
「察したね、そういう事、まあ私も女好きだけど・・・逃げなくても襲ったりしないよ」
後ずさった彼女を止める。
「そうですね、逃げても無駄ですしね」
「襲わないからね、その気が無い相手に手を出す気はないから」
「はい」
「厄介ってのは絡まれると調子が狂うんだよ」
「・・・なるほど」
そう言って自分のベットに入った彼女に一言いった。
「でも、その気があるならおいで、とことん喜ばせてあげるから」
「え」
石化した橘花を措いて私は眠りについた。




