31話 闘技大会2
闘技大会二日目、白熱している試合をよそに外を眺めている彼女に声を掛ける。
「珍しいですね、貴女が観戦をしないなんて」
「この程度の戦いではさほど興味をそそられません、それに何か妙な予感がします」
その言葉に私は眉を顰める。
「妙な予感・・・とは?」
「このままでは大会を中止せざるを得ない事態になりかねない何か、私一人なら問題ありませんが流石にこの人数を守りながらでは面倒です」
面倒・・・か、厳しいとは言わない辺り彼女らしい。
「どうなさいますか?」
「少し私は席を外す、参戦は明日からですし構わないでしょう?それでは」
そう言って彼女は優雅に歩き去るが臨戦態勢には入っているようで気配を消しているのか周りの人は彼女が近くを通り過ぎた事にも気が付かない。
主催者が席を外すわけにもいかず、私は全てを彼女に任せる事にして試合の観戦に戻った。
・・・これが胸騒ぎの元凶か。
城壁の上に立って外を見ると背中に砲塔のように発達した五つの甲殻を持つ甲羅を背負った城ほどはあろうかという巨大な亀がこちらに向かって歩を進めている。
現在兵士たちは全員闘技大会に出払っている・・・しかし帝国側には罠や策敵用の仕掛けがある事からこいつは帝国から来た物じゃない。
ここからさらに南の平地の先、海から来た存在だろう。
だが問題なのは由来ではなく原因だ、こいつはダンジョンマスターに作られた魔物なのかそれともダンジョンマスターに棲み処を追われて来たのか・・・おそらく後者だろう。
まあどちらにせよここを壊させる訳にはいかない。
悠然と歩を進めていた亀は目の前に立った私を見てその歩みを止める。
今回は刀は使わない、岩ぐらい切れるが本体に刃が届かないのでは意味が無い。
使うのは兵舎から拝借した大槌だ、全てが金属で作られていて、強くそして非常に重い。
数十キロはあるこれは誰かに使用させるつもりなど無いかのようだ。
それを構えて走り亀の甲羅に飛び乗って全力で振り下ろす。
ガンと岩同士がぶつかったような音がして亀の甲羅に小さな亀裂が走る。
・・・大きすぎる、破壊しきれるかこれを?
疑問に思った瞬間甲羅にある砲塔から何かが発射される。
紙一重で躱すと乗っていた岩が溶けている・・・圧縮された水、いや高濃度の胃液か。
脅威ではあるが問題は無い。
刀を使わない事は諦めて抜刀すると甲羅の上で何度も下に突き刺す。
亀は煩わしいのか自滅覚悟で私に砲塔の狙いを定める・・・今だ。
手に持って居た紐を引いた途端砲塔の根元で爆発が起こり五つあった砲塔の内一番大きく甲羅の中央にあった物が根元から爆散した。
相変わらず空の爆薬は規格外だが今回はそれが功をなした。
発射寸前の限界まで圧縮された高濃度の胃液は全て自分に向かって降り注ぎ、甲羅を腐食した。
私はギリギリで逃げて助かったがもし浴びて居たら危なかった。
甲羅はかろうじてその形を保っているものの今までの様な堅牢さは感じられない。
私がもう一度槌を持ち上げて全力で叩きつけると今度は一瞬で亀裂が走り、城ほどもあった甲羅は崩れ、その衝撃で本体の亀も息絶える。
・・・死体の処理は野生の鳥獣に任せて城に戻る。
「・・・それで、その異常なサイズの亀を倒して危険は回避したと」
「何か問題でも?」
そう聞いて来る彼女は自分がどれほど異常か解っていない。
まずあの大槌を平気で使える事、そしてその亀を一人で撃破する事、何よりそれをちょっと商店で果物買って来たとでもいうかの如き軽さで報告する事など異常の極みだろう。
「・・・いえ、ありがとうございます」
色々言いたい事を押し殺して答えるが。
「ああ、そう、てっきりあの大槌を平気で使える事とかあの亀を一人で撃破する事とかそれをちょっと商店で果物買って来たとでもいうかの如き軽さで報告する事とかが異常だとでも言われると思ってたけど」
・・・完全に心読まれてたよ。
「・・・・・・その通りの事を思ってましたよ、その通りの事をね」
「私が異常なのは今に始まった事じゃないんだから諦めてよ」
「それを自分で言うなー!」
色んな感情が混ざった叫びは観客の完成に搔き消され、虚しく消えて行った。
「・・・あの亀が消えたと思ったらあんなのが居たとはね、大した事無いから潰そうと思ってたけどやめにしよう、それよりあれの戦うとこをもっと観たいな、まあ見物人に紛れ込むとしようか、アザトースのお気に入りみたいだし下手に手を出して怒られたくはないしね」
「もう遅いよ~」
上空に浮かんだ大人びた口調の女性は背後から聞こえて来た声に身を強張らせる。
「何故ここに?」
「私も闘技大会観戦してたんだけど、あんたの気配感じて飛んで来たらあんな亀いるし釘を刺しに来た」
「今後は彼女に手出しはしませんよアザトース」
「はいはい、それでいいよじゃあねニャル」
アザトースが帰って行くと、その女性は溜息を吐く。
「それでは私も居るべき場所に戻りますか」
そう呟くと彼女の姿は闇に包まれ、やがて消えた。




