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星の煌めきしダンジョンで  作者: 酒吞童児
15章 旧都
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286話 旧都6

 世界の歪みを感じた直後、横に居たましろの気配が消える。

 私の目は変わらず鏡を見つめ、自身の体はどこかに移動したりはしていないと分かる。

 ……どうやらこの鏡の異常は私を捕らえる事は出来なかったようだ、だが、この鏡が入口となっている事に違いは無いのだから、開いてしまえば良い、何物も私を縛れず、阻む事は出来ない。

 そっと鏡の表面に触れ、手が沈み込むのを確認して、その中へと飛び込んだ。




 煌めく夜空と、凍った湖畔がそこにあった。

 音も無く雪が舞い、全ての生を拒絶せんとする冷気がゆっくりと空間そのものを凍らせるかのようだ。

 そしてその凍結した湖面の上、ある一点だけは真紅にそまり、そこに見慣れた人影は見える。


 ……ああ、そうか、「前よりも幸福になれる」とはそういう事だったか。

 あれは、私だ、歩んだ道が違う、ほんの少しズレた世界に居たかもしれない私の可能性。

 私が、破滅に向かって歩んだ世界の私。




「静かな夜だな」

 警戒する事も無く近づいて、声をかける、警戒する必要などない事は良く分かっているから。

「……私がここを静かにさせたんだ」

「そうか」

 血の滴る匕首は無数の屍に立っている証であり、腰より下まで伸びた黒髪はそれをまともに切る人が居ないせいだろう。

 彼女は目の前に倒れる骸を見下ろす。

「これは……私が友と呼んだ男だった、決して悪人ではなかった」

「だが切らねばならなかった」

「妻がやまいに侵されていた、私の首を持ってくれば薬の代金を払ってやると誰かに言われたらしい」

「だが、死んでやる程の義理もないだろう」

「ああ、だが私を殺そうとする者は多く見たが、死んでくれと懇願する者は初めてだった、長く生きたのだから、友の為に、私が名も知らぬ女の為に死んでくれと」

「死にたいと思うのか」

「いや、だがこの男も死にたくは無かっただろう……それなのに敵わぬと知っている私に挑んだ、私がそれにどう対処するかなど分かり切っていたのに……妻が死ぬまで寄り添うのではなく、先にくたばる道を選んだ……そちらの私ならこの男の考えが分かるのだろうか」

「難しい事を訊くものだ、私もまた、数多の死を糧に生き延びた存在でしかないというのに」

「そちらも同じか……それでも少しは良い道を選べたのだな」

「ああ、ある人に出会えた、紆余曲折はあったが、退屈ではなかった……最近は少々飽きてしまっていたが、それでも今は悪い道ではないと思っている」

「そうか……」


 結局、この一つの死が彼女を追い詰める事は無い、彼女も私も同じように無数の骸を踏み越えて来たのだから。

 だけど、ここで交わる事の無かった世界の可能性が交差した今、起きる事は一つだろう。

 彼女が口を開く。

「こうして私とそなたを引き合わせた存在は非情で、邪悪だな」

「ああ、同感だよ」

 道が交わったのだ、もう片方の自分を始末してしまえば、相手がこれまで歩いた道を乗っ取り、自分が歩いてきた道を押し付ける事が出来るのは想像に難くない。

 私が今ここで彼女を始末したとしても、それは死をもたらさない、ただ、彼女に別世界のよりよい自分を見せ、苦しい自分本来の道に戻すだけだ。

 そして、私が進むには、彼女に私の道を進ませる訳にはいかない。


「……結局、こうなるか、まあ、互いに死ぬ事にならないのだけは慰めか」

「ああ、きっと出会い方が違えば私達も互いを友と呼べただろうに」

「そうであればどれほど良かったか……別に私はこの血塗られた道を疎んだりはしていないのだが、それでも刃を交えなければ互いにここで停滞する事になってしまうな」


 彼女は匕首を一振りして血糊を払うと、こちらを向いて薄く笑った。

「少なくとも、一方的に切るよりは戦いになる方が好みだ、そなたも同じだろう、さあ、やろうか、異邦の私よ」

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