282話 旧都2
階段を上り、少し廊下を歩いて、また階段を上る。
一直線に上へと至る導線が存在しないのは古い城の作りと同じ理由だ。
攻め込まれた時の時間稼ぎ、使われるべきではないが、用意しなければならなかったもの。
……実際、攻め込まれた事は一度も無い。当然だ、白と私が居て守勢に回らねばならぬ状況などありはしない。
だから……これは私達の脆い心を映す鏡のようなものだ。
身を守る殻を幾重にも塗り重ね、守らねば安心して眠る事すら出来なかった私達の業。
もはや必要は無く、白が望めば容易く便利に修正できるが、そうはしないもの。
「その……白さんという方はどのような人なのでしょうか」
「この地において……いや、この世界において私と同格に渡り合える数少ない人だ」
唯一と言う気は無い、現状唯一ではあるが、今後その立場に立てる者が現れないとは言えないのだから。「それでは……その人も貴女と同じくらい強いと」
「純粋な戦闘なら間違いなく私が勝つだろうね、それに関して私の力は理不尽そのものだから……白の力は本質的には方向が私と真逆と言っても良い。私が与えられた舞台で最高の演目を披露するのに対し、白は自分が最も映える舞台を作りだすと言うべきか」
どちらが良いとか悪いという話ではない、ただ世界に対する向き合い方が違うだけだ。
「まあ……少なくとも邪悪ではないよ……記憶を消した私が憧れる程度には」
善人と言えるかは少々怪しいが。
最上階、白の私室とそこから繋がる展望台のみがある階。
そしてその部屋の前に立ち、障子の前で立ち止まる。
「……白」
どうせ私達が来た事など、一階に入った時点で知っているのだ、迷う事は無い。
「……入って」
言われて障子を開けると彼女は居た。
雪よりも白い肌と髪、目は血を宿した真紅……今ではアルビノなどと安易な名で呼ばれるが、嘗ては妖魔の血と思われていた美しい人。
「お帰りなさい、星華……そして神秘な幼子さん」
「……ただいま」
「失礼します」
彼女に手招かれるままに部屋に入ると、背後で障子が手も触れずに閉まる。
「心配は……あまりしていなかったけれど、後始末には私が出なければならなかったわ」
「……すまない」
空間転移でそれなりの規模の建物が中の人物ごと消滅したのだから、その後を誤魔化せるのは彼女くらいだろう。
「多少面倒ではあったけれど、気にするほどじゃないわね……記憶を失った貴女を外の学校に通わせる許可を出したのは、あの学園に怪しい所があったのも原因なのだし……そういう理由が無ければ私が大切なモノを手元に置かない訳が無いでしょう?」
白が伸ばした手を掴むと、そのまま引き寄せられ、抱きしめられる。
「本当に綺麗ね……黒曜石みたいな髪が羨ましいわ」
「……望みさえすれば見た目など、好きに変えてしまえるのに?」
「羨ましくはあるけど、私は私の姿が気に入ってるの……性別は……ちょっとだけいじっちゃってるけど」
そう言って優しく唇を重ねてくる。
「一応、子供の前ですよ」
呆れ混じりに返すとにっこりと笑う。
「別に良いじゃない、ある程度は理解してるみたいだし……それに見た目通りの年齢って訳でもないみたいだしね」
「百を超えていないのなら子供でしょう、この地に住む全ての人々と同じように」
「それもそうね……こんばんは、可愛い少女さん。 私は白、この旧都の長の一人です」
「は、はい、ルナと申します」
どうにか返事をするルナに白は微笑む。
「星華が連れて来たからどんな子かと思えば……随分可愛らしい子じゃない」
「……私の客に手を出すんじゃないよ」
「それはこの子次第ね」
私と白のやりとりにルナは困ったように尋ねる。
「えっと……白さんは女性……ですか?」
「そうでもあると言えるし、違うとも言えるな……白は両性具有に自身を改造している」
「ちょっと、改造って言ったら機械っぽいじゃない、魔法でちょっとだけ変えちゃってるだけよ」
「まあ、男女共に恋愛対象な人だからね……髪型感覚で肉体を変化させれる人に、身体的な特徴を訪ねる事自体に意味が無いともいえるけど」
基本的に可愛いものが好きだから、手を出す相手は大体女人だけど。
取り合えず溜息を吐いて場を整える。
「言う事は色魔そのものだけど、少なくとも嫌がる相手には決して手を出したりはしないから、そこまで危険な人ではないよ」
「あら酷い、ちょっとだけ煩悩に正直なだけじゃない、泣いてる子を見るのは嫌いだからそういうことはしないのだし」
……実際、言うだけだからまともではある、彼女なら無理やり手籠めにしても全て納得の上だった事にするのも造作もないのだから。
「……さて、星華、帰ってきて早々だけど、ちょっと問題があってね。 また一人、境界を踏み越えた人が出たわ、一人が未帰還、やってくれるわね」
「了解した」
「お願いね」




