281話 旧都1
丘から見える旧都の景色と記憶を合わせ、現在地を割り出す。
「北側のようだね……少し歩くとしようか」
ルナにそう語り掛け、口の中で幾つかの呪を唱える。
その言霊に導かれた霊力が靴に取り付き、力を与える。
「これは?」
「七里の具足……西方の国で語られ、作られた魔法の装備を真似た術だよ。 一歩で三十キロも進んだのでは不便極まりないから、効果はある程度抑えてはあるけど、それでも徒歩で片道に一時間掛かる道を数分に短縮してくれるだろう」
「へぇ……」
不思議そうに靴を眺める彼女の姿に少し苦笑する。
「私が君を抱えて全力で走ったなら……まあ、五秒もあれば城郭の門まで着くだろうけど、流石にその速度を体感するのは恐ろしいだろうし、風情もないだろう?」
なお、転移術なら一秒である。
ルナの手を引いて歩きだす、普通に歩くだけで流れるように過ぎ去っていく景色を不思議そうに眺める彼女から目を逸らし、近寄ってくる壁を見る。
城郭に近付くにつれ、民家が消え、不自然な空白地帯が現れる……これは我等旧都に対する恐怖の現れだ。 それなりに外との付き合いは良いとはいえ、下手に触れれば何をされるか分からない、されても文句は言えず、法の守護も期待できない特殊勢力……それが設けた城郭に隣接するように家を建て、住めるほど図太い神経を持てないというのは理解出来ない話ではない。
……実際我等の価値判断の基準は外と同じではないし、守るべき法もまた同様に外と異なるものだから。
間もなく城郭の北門に着く、観光向けの歓楽街は旧都の南側にあり、一般の客は当然南門に行くので、北と西の門は外の者を入れない区画に繋がっている事もあって、人通りは無い。 なお、東門は外との物流でそれなりに使われている……もう少しこちら側に分散出来れば負担を分配出来そうなものだが、客人の荷物や搬入物の検査などは纏めた方が楽だし、歓楽街や倉庫は一ヶ所に置いた方が効率が良いから上手くやるのは難しいものだ。
「ん……あっ、貴女は!」
「やあ、暫くぶりだね」
一瞬怪訝な顔をした後に私に気付いた門番にそう言いつつ、飾られた暦表を盗み見る……半年か、私の体感ではもっと長く向こうの世界に居たが、時の流れに差異があるようだ、だが許容範囲だな。
「白は居るかい?」
「えぇ……今日もいつもと同じ所に居ますが……呼びますか?」
「こちらから向かうから必要無いよ……呼び出した所で逆に来いって言うだろうし」
「……でしょうね」
白姐さん……この旧都の実質的な頂点に居る人だ、少々厄介な質ではあるが、間違いなく信頼は出来る人である……普段の言動は割とアレだが。
「それじゃあ、通らせて貰うよ」
「構いませんが、その子は?」
そう言ってルナを見る門番に私は静かに告げる。
「私の客だ、責任は負うよ」
「了解しました」
真っ当に手続きをしても良いが、身分証明などが出来ない以上記録に残さず通してしまった方が良い、横紙破りはあまりするべきではないとはいえ、他の世界の住人を連れてきた以上は仕方ない。
「それと……」
「なんでしょう」
「そうだね、イトハミはまだ私の部門に居るかい?」
「はい、異動はされていなかったかと」
「それなら白の所に呼び出してくれ、私の指示だと言ってくれれば渋る事もないだろう」
それだけ告げてルナと共に歩きだす。
「あの塔に向かっているのですか?」
そう聞くルナの視線の先には、この旧都の中心にそびえ立つ、一見城にも見える巨大な塔がある。
「ああ、この地の主があそこの頂上に居るからね」
「巨大な塔ですね」
「一階から地下五階までは浴場、二階から暫くは娼館の区画になっている……ああいや、四階は客を入れるには縁起が悪いから調理場だね……それで娼館の上が書類仕事とかをする区画で、その更に上が嬢や従業員の中の希望者が居住する場所……勿論強制じゃないし、住居は選べるけど、利便性が高いからね……そして頂上に白姐さんの私室がある……他にも医務室とか色々あるけど別にここで働けと言う訳じゃないし、こんなもので良いだろうね」
説明をするも、どれほど通じたかは不明だ、単純に規模が多いのと、娼館の区画が広い理由とかまで話し出したら長くなる。
「それで……イトハミというのは人ですか?」
「ああ、主に特殊な衣服……正確には布を作る能力を持っている人だ、どうせすぐに会えるさ」
こちらも説明が難しい人だ、心を紡いで糸にして、織って生地を生み出す彼女の能力は、あまりにも抽象的過ぎて口で説明するより一度着る方が早い。
そうこうしていると塔の前に着いていた。
「さて、裏口から入ろうか、娼館区画を通らなくて済むし、移動もある程度しやすい経路があるからね」
そういって緊張した様子のルナの手を引き、扉を開けて塔に入った。




