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星の煌めきしダンジョンで  作者: 酒吞童児
14章 訪れた夜
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276話 異形の唄8

 血を燃やし、炎を噴き出す剣に燃え上がる翼、それらから放たれる苛烈な攻撃に天音あまねは熱気に体力を奪われながらの防戦を強いられる。

 だが、己の血を燃やすうつほは当然消耗し続け、勝敗はどちらが先に体力が尽きるかの問題になると思えた。


「くっ……」

「そこだ」


 汗で一瞬、天音の手から武器が滑ったのを空が捉えた、天音の巨大な釘は打ち上げられ、手から離れて飛んでいく。 その衝撃に天音はそのまま地に膝を付く。

 空は静かに右手で持つ剣の柄に左手を添え、突きの構えを取る。 灼熱の剣から放たれる突きは、武器を持たぬ相手に防ぐ術は無く、必殺の威力を持っている。


「こうしてお前の首を取れば……二度と悪夢に付きまとわれる事無く安らかに眠れる……そう信じて生きてきた……そうして武器を取りここにまで至った……私の終着点と定めたこの場面に」

「……それで私の罪が裁かれるのであれば……どうか終わらせてください」


 人々にろくでもない教えを広めた教祖の娘、善と信じたその教えは他者を苦しめる物でしかなく、その苦痛の上に自身の豊かな暮らしがあると知ってしまったが故に、食事する事にすら罪悪感を覚えるようになった。 罪をそそぐために人を救う事だけに盲目になっていた、自身にその資格など無いと知っていながらも希望を与えるために英雄となった。

 ……その果てに自身が苦しめた一人の手によって討たれるのであればそれでよかった。 どれだけ独善的であったとしても、今度は己自身が考えた善で人々に接し、過去の罪を一つだけでも贖って死ねるのならば……


「そう、私は悪夢からは解き放たれるだろうが……別の理由で寝れなくなりそうだ」

「……え?」


 空は遠くを見る、安全な場所から眺める連中としか思えないが、それでも天音がどうなるかに関心をもっている人が多くいた……ここが彼女が普段守る国ではない事を含めて考えれば、彼女を慕うものはあれよりはるかに多いのだろう。


「特定の何かを殺す、ただそれだけを目的に憎悪を燃やす者の執念は身をもってよく知っている……かの『白鯨』の船長のように周囲を顧みず、邪悪と信じた(お前)の首を狩ったのなら……私もまた誰かの(狩るべき者)となり、水底へと沈んでいくのだろう……ならば、その連鎖は私が自由を得た今、つまらない妄執として断ち切る方が良い……そうじゃないか?」

「それなら……私は……」

「……罪は烙印、消える事が無いのなら、誰かの許しなど必要はない、背負うも切り捨てるもその者の勝手だろう……何を思うも自由なのだから、望んだように生きればそれでいいと思う」




 そう言って剣を収めた空に星華せいかが語り掛ける。


「空、私と共にこの世界の人々をつまらぬ鎖から解き放ち、真の自由を与えてやる心算つもりは無いか? 誰もが飢え渇きに苦しむ事も無く、自分の意志で自分の歩む道を決める自由だ……絶対の善であると思うほど思い上がっては無いが、それでも良いものだと思うぞ?」


 そういって笑う星華に空は剣を抜いて切っ先を向ける。


「信用されるとでも思っているのか?……大して奪われたことのない奴に、偉そうに与えられるだけで何かが救われるとはどうも思えなくてな」


 その言葉に星華は少し表情に影を落とす。


「……沢山の物を奪われてきたさ……だけど、信用されないなら仕方ない、じゃあ、君はどうだ、セイ?」


 そう言って星華が視線を向けた先には、自身に歯向かった者を縛り上げ、ただ静かに観戦していた少女の姿があった。




「セイ……奪われて苦しんだ君なら分かるだろう、今日食べる物すら貴重なものである苦痛を、限りある資源を奪い合う事のくだらなさを……だから共に与えようじゃないか、尽きる事なき欲の全てを満たせるほどの充足を、誰かを傷つける事無く幸福になれるだけの財を……君を含めた全てが幸福を掴めるよう……この世界の在り方そのものを変えてしまおうじゃないか……」

「は……はは……」

「もはや誰も苦しむ必要などないんだ……神も仏も未来のいつかの救済を約束するが……何故か今苦しんでいる我々を救いはしないのだから……私達がそれを成してやるのだよ……君が協力してくれればそれが楽になる…………もっとも、協力しないとしても、ちゃんと君の事も救ってあげるから心配はしなくて良い」


 そう星華が語る様は救世主の様でもあり、堕落へ誘う魔王の様にも見えた。


「セイ……駄目だ、そんな信用出来ない人について行っては……」

「黙れ!」


 後ろから声をかけたエルは激昂したセイにより強く縛り上げられ、声も出せなくなった。


「……他人など私にとってはどうでもいいけれど……貴女様が私の力を欲せられるのなら、従いましょう」

「ありがとう」


 星華は最後にエルへと視線を向けた。


「君は最後まで彼女を見ていないのだな……自分の中の理想をあの子に投影し、そうならない事に不満を抱く、随分と生意気な事だ、あの子はお前の所有物ではないのだぞ……その癖、騎士を気取ってあの子を守るなどと言うとは……自分に都合の良い虚構に浸っていないで目の前の事実に向き合うべきだろう?」


 その言葉は呪詛、セイに向けた物とはまるで違う侮蔑の如き言葉、甘い子供に現実を叩きつける呪言。


「ほら、何か言ったらどうだ?」


 そう言ってエルの口を塞ぐ蔦を引きちぎる星華に、彼はうわごとのように呟く。


「僕は……僕は……間違って……」


 そんな彼を見て首を振った星華は振り返ってセイと手を繋ぐ。


「さて、邪魔が入らない場所に行こうか」

「はい」

「……ねえ、星華ちゃん、私は誘ってくれないのかな?」

「豊は今は天音に従うのだろう、だから勧誘は今度だ……それじゃあ、それの相手は君たちに押し付けるとしよう」


 そう言って二人が闇に包まれて消える寸前、星華が指さした先には異形に変貌しつつある少年の姿があった。

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