275話 異形の唄7
烈火と迅雷、二つの武器が重なり、周囲にその余波をまき散らし焦土へと変える。 雷光が草木を打ち倒し、劫火がその全てを塵に返す。
その中心に居る二人にの目には、もはや互いしか映らず、立場や信念、憎悪に懺悔、それら総ての柵など、一遍でも心奪われれば命を狩られる不純物でしかなかった。
「……私も、あのような戦いをしてみたいものだ」
豊とマーガレットの二人を軽くあしらい、その戦いを横目で眺めながら、星華は眩し気に目を細めてそう呟く。
「それほどまでの強さを持ってなお、まだ足りないというのですか……」
マーガレットの言葉に星華は静かに首を振る。
「足りぬのは私の暴力ではない、それに対するお前たちの方だ……現に今も極限まで加減した私に触れる事すら出来ないではないか」
「じゃあ……見せてよ、本気の星華ちゃんを、目指すべき場所くらい見せてくれても良いでしょ」
豊の言葉に星華は笑った、冷笑や嘲笑などではない、素直な苦笑だった。
「良いだろう、剣鬼とさえ呼ばれるに至った純粋な力の極致、どうせ見えはしないが、味合わせてやろう」
星華が手にした短剣を素早く振るとその刀身が変化し、打刀へと姿を変えた。
「……いざ」
一瞬その体が沈んだその刹那の瞬間、彼女の姿が消える、豊の冷気で凍結した大地を踏み砕く音と共に、認識する事すらも不可能に近い速度で飛び出す……二人は刃が肌に触れる熱い感触だけを知覚し、背後に回った星華に対し、彼女と比べると恐ろしい程の遅さで振り向こうとする……しかし、その時には星華は飛び上がっていた、二人に向かって地を蹴って跳ね、ふわりと浮かぶと共に、急襲するかのように鋭く降下し剣を振るう。
二人は明らかな死を感じ、動きを止め……そして何事もない事にようやく気が付く。
「……峰打ちだ、それに強くは打っていない、刃であれば打つ必要などなく、ただ骨肉に通すだけで済むのでな」
そう言う星華の手にはいつの間に持ち替えたのか、打刀が逆手に握られており、その言葉が真実である事を示す。
「はは……知ってはいたけど、ほんとにとんでもないね……ほんの少しでも貴女に迫れたと思ったのに……貴女は私が生涯をかけてすら、指先一つ届くかも怪しい高みに立っている……」
星華は静かに目を閉じる……だからと言ってその気配は圧倒的であり、不意打ちなど意味が無い事は明白だった。
「人と鬼の間に生まれた半妖、それだけであればどうにでもなったのだろうな……ただ、私は剣に依って生きるばかりしか道を識らず、数多の命を斬ってきた……その中には夢を背負い、妖魔の姿に至ってまで叶えたい思いを抱く者も多い……人を斬り、夢を斬り、願いを斬り、祈りを斬る……そうして背負った死穢は純粋な妖魔ですら背負わぬ程であり、そうであれば、私はもはや己を半妖の器に留める事も能わず、同胞である妖にすら恐れられ……いつしか仏門に語られる三障四魔が一つ、死魔の化身とすら語られ、畏怖されるようになっていた……そのような事は、望んでは居なかったのだが」
そうして星華はゆっくりと目を開く。
「そのような名は好みでなくてな……まあ、名乗る名も無いと困るので妖共には別の名を名乗っていた……ただ、魔人と」
「星華ちゃん……」
「……語りすぎたか、だからまぁ、私に届かぬ事に嘆く事はない、長きに亘って死を振りまき続けたのだ、その中で私に迫るものは皆無ではないが、その総ては最終的に私に屈する事になったのだから……」
「だから……私は弱きものを嫌う事はない、そんな事をすれば現世の全てを嫌う事になってしまうのだから……故に私は救いたいのだよ、傲慢で一方的な方法だとしても、縁のある目の届く範囲は……そう、あの子たちも」
そういって星華は激しく戦う二人を見る。
そして薄っすらと笑って言い放つ。
「千里すら見通す目を持つのなら……目の届く範囲はこの世界全てになっても問題はあるまい?」




