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星の煌めきしダンジョンで  作者: 酒吞童児
14章 訪れた夜
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273話 異形の唄5

 異形と化したうつほ、その力は強力なものであった。

 思考に頼る事無く、ただ周囲の状況から自動的に最善手で行動を行うことが出来た。

 天使を模した金属製の体に、炎を噴き出して空へと舞い上がる鋼鉄の翼、右腕には巨大で残酷な鉤爪、左手には赤熱し炎を纏う両刃の剣が握られる。

 火を操る攻撃は苛烈であり、並みの相手ならば勝負にならなかったであろう。

 ……そう、まっとうな相手であれば。


 異形としての力を己のものとした(とよ)にマーガレット、そして暴力的な雷撃を放つ天音あまねを相手して、一つの体で対応する事は不可能であった。

 最善手とは、所詮、己が出来る中での最善に過ぎず、その上で上回られるのであればそれはどうにもならないのだ。


「二人とも、落ちるよ!」

 豊が放った氷の矢に翼を射抜かれ、地面へと下降した鋼の天使は天音の雷撃で動きを止められ、マーガレットのレイピアでの鋭い一閃がその胸を貫く。

 ……戦いはもはや、ただの制圧となっていた。


「ワシは……」

 鋼の仮面が剥がれ、切り捨てた筈の自我を、僅かに取り戻した空に、天音が声をかける。

「貴女が私を恨むのであればそれで構いません、ですから己を捨てないように……」

 その言葉は空にとって救いとなりえるのだろう、己が見出した彼女の持つ正しき道理を無視し、ただ恨む事を彼女自身が許可する……そうすれば自我を取り戻せるのだろう……だが、それは空が見出した己ではない、ただ差し出され、与えられた己の在り方だ…………だから……()がそれを邪魔しよう。




「されど……それは其方の望みではあるまい」

 彼女らの背後に降り立ち、声をかければ、子らはすぐに私に攻撃を行う……分かっていたのだろう、私がただ大人しく見ている訳が無いと……だが、本気でなければ止められる筈もない。

 闇に手を伸ばし、一本のナイフを生み出して逆手に握る……十分だ。

 迫る氷の矢を切り飛ばし、電撃を纏う釘は躱してその所有者に当身を食らわせ、喉へと伸びるレイピアの切っ先をナイフで打ち上げて胴体に蹴りを入れる。

「あんたは……星華せいか……」

「正確にはその分霊体……あの時に会った黒猫が転じた姿だ」


「あなたは……一体何を望むのですか」

 天音の問いはもっともだ、今ならば答えても良いだろう。

「私の願いは、ただ人々が己の願いを見つめ、自身の力で立てる世界だ……誰かの在り方に従う事を否定はしないが、それもまた自分で選び取るべきであろう……弱みを突いた方法ではなくてな」

 静かに告げ……押し黙った子らに私は言葉を重ねた。


「かつての人々はそうであった、特に上に立つ者であれば猶更なおさらそうであったが、己の願いを持っていた、天下の平定、怨敵の排除、悟りの導き、愛を伝える……だが、今ではどうだ、下らぬ平穏にめしいた者たちは争いを避け、己を出さぬように生きている……こちらの世界では危機が目前にある分多少はまともだが、本質は変わらん、与えられた籠の中でどう生き永らえるかに執心する溝鼠が如き生き様に、ただ強者に縋り、慈悲を搾り取っておきながらそれを当然の義務かの如く騙る性根……本当につまらんな」

 そう言ってナイフをくるくると回して見せる。

「私が説く闇の道理はあらゆる生き方を肯定しよう、食、酒、色、誰もが自分の望む欲に正直に在らんとする世界だ……ただ、他者に寄生しようにも、容易く拒む事が出来るのだから、己で道を定められぬ者にとっては少々厳しいかもしれないな……それに最低限の規則の整備は必要だろう、争いは喧嘩の範疇に留め、殺し合いを禁じれば、最低限の秩序は生まれよう……それに欲望に正直になるとはいえ、許されるのは他者に迷惑をかけない分だけだ、己の自由の為に他者の自由を踏みにじるべきではなかろう」


 静かに、天音がそれに答える。

「それは堕落でしょう、人間が築いた秩序を否定し、快楽に沈む道に他なりません」

「それがどうした、人は欲を満たす為に発展してきたのだ、溢れたからと言って潔癖ぶって拒む事を美徳などと言うべきではあるまい」



「さあ、空よ、今一度問おう……君は何を望む」

 そう言えば、空は静かに立ち上がる、機械仕掛けの天使の姿ではあるが、その大きさは元の人型ほどに小さくなっている。

「ワシは……私は……自由になりたい、私を縛る因果も、恨みも、すべて脱ぎ捨てて、今この瞬間望んだように楽しく生きていたい」

 鋼の外装が崩壊し、翼が広がる、黒い炎を纏った純白の羽が現れる。 同時に鍵爪も猛禽類を思わせる有機的なものに変わり、剣の材質も生物の骨を思わせる物へと転じた。

「それでいい、誰かに与えられたのではなく、自分で見出した願望は潰える事無く燃え続けるだろう」


「それで……今の君は何を望むのかな」

 そう問えば、空は静かに、それでいて僅かな狂気を込めて笑った。

「私は因果も恨みも捨ててなお思う……天音を超えたいと」

「殺すのではなく超えたいか……面白い変化だ」

 空が天音に鉤爪の先を向ければ、共に居た豊とマーガレットも武器を構える。

 その様を見て私は薄く笑って見せた。

「酷い者たちだ、殺すのではなく、ただ決着を望む者に三対一とは……」

 そう言って再びナイフを逆手に持ち、顔の前で構える。

「どれ、私も加勢してやろう……なに、所詮は分霊体、本体の1割にすら満たない霊力しか持たない存在だ、この程度なら問題ないだろう?」


 そして一歩前に出る。

「いざ、闇中を歩まん」

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