266話 笑顔の伝道師6
そっと刺突剣の腹を指でなぞりつつ、マーガレットは外に広がる群れを見定める。
幸運……いや、彼女が用意した魔物なのだから必然であろうか、押し寄せる者共の中に刺突剣を弾く外殻や石の肌を持つものは居ない様に見えた。
斬撃と刺突、その両方を行えるように作られた彼女の剣は、丈夫な護拳を持ち、長大な刀身から素早く振り回すのに向かない通常のレイピアと比べ、片手での取り回しを良くするために短めの刀身が付けられている。
「陛下、支援の用意が終わりました」
「ありがとう、橘花、貴女も来るのですね」
少女は静かに頷く、人と人の戦には向かない優しい心根を持つ彼女だが、相手が魔物の群れであれば罪悪感も薄れるだろう。 マーガレット個人としてはあまり戦場に立たせたくないのだが、彼女自身がそれを望むのであれば拒む理由は無かった。
「そう仰せられる前に、御自身が最前線に赴く事に疑問を抱いては下さいませんか」
橘花の冷静な指摘にマーガレットは静かに笑う。
「国は私が居なくても回ります……嘗て、私が玉座から蹴落とした者達の様に、最後尾から指令を出し、兵を使い潰す者は王ではない、そう思ってここまで来たのですから、今更引く事などできません」
王は民を守る者である、そんな御伽噺の英雄譚を信念に、不相応な責務を背負い、戦場に立つ、彼女を支えるのはそんな異常と呼んで差し支えない精神性であった。
「前線に出る人数が増える程に後方からの誤射の可能性が増えます、故に直接進むのは私達二人になります」
正確には現状自由に動ける中で乱戦に対応できる人材が他に居ないのである、軍と群れを相手するのでは大きく勝手が違う、その中で武器を振るえる者は他にも居るのだが、その力を持つ者達は皆指揮に忙しく、前線に出れる者は限られた。
星華の武器設計図を用いた作成も行われているが、現状の防衛力の高さから遠距離から攻撃出来るものを優先していた為、近接武器は多くは用意できていない。
「では、行きましょう」
二人で鍵縄を使い、一気に城壁を下る、既に抜き放たれた自身の刃を振るい、迫る魔物を切り伏せて前へ進む。
城壁の上からは無数の矢による支援が行われ、二人の戦闘場所の少し外側から切り開かれた空間に押し寄せる魔物を阻む。
……だが、矢による支援は進めば進むほどに弱くなる、城壁から離れれば当然弓の射程距離から離れ、押し寄せる魔物に行く手を阻まれる。
「皆が見ているというのに、前へ進めない者が王であるものか……」
集中して静かに刀を振るう橘花と共に魔物を切り捨てながらマーガレットは呟く。
「虚栄心、ああ、その通り、ただ皆に認められたいと不相応に願ったままここまでやって来た……今更止まるものか」
前へ踏み出す、右手で握った刺突剣を優雅に振るい、一つの動きで三つの首を飛ばし、先へと進む。
橘花もまたその動きに合わせ、彼女の背を守りながら、離されぬように動き出す。
「民を守るために誰よりも前に出るのが王の……私の務めなら、背後から私の背を見る者達の為、無様な戦い等してられない」
向かってくる小鬼に対して右半身を引いて半身になり、刺突剣を握った手を顔の高さに上げて構えたまま、左手側にだけ現れた振袖のような布を広げ、視界を奪う。 一瞬にして視界を塞がれた小鬼に、振袖越しに刺突剣を突き出し、その首を貫いて絶命させる。
……見られている、その実感が力になり、前へ進む動力源になる。
その歩みに合わせてくれる橘花と共に、楔の前へと辿り付いたマーガレットはしっかりと刺突剣を構え、一閃、楔の中核の様に輝いていた水晶のような宝玉は砕け散った。




