261話 笑顔の伝道師1
日が落ち、人々が眠りに付く少し前、町のどこか、一つに定められぬ場所にその扉は現れる。
外から見れば扉しかないのにもかかわらず、それを潜ればその中はサーカステントであり、その中で誰もが笑顔になる芸が行われるという。
「……ようやく見つかったか、苦労したわ」
空が腕に付けたガントレットを軽く触りながら呟く。
「ええ、どこに現れるかが不明でしたから、時間がかかりましたね、夜間の外出を控えるように触れを出したので被害は少ないですが」
マーガレットの言葉に、背後の少女が答える。
『元々、積極的に人を殺すような奴じゃないみたいだけどね』
動きやすい外套に両手で碧色の宝玉を抱え、念話で話す、セイと名乗る少女だ。
切られた舌は既に再生を受けており、最初は普通に話していたが結局念話の方が楽らしい。
三人が扉を潜ると、そこは広いサーカステントの入り口で、中央の舞台に誰か居るようだが、暗くて見えない。
「気を付けて、何が居るか分かりません」
そう言い終わると同時に、無数のスポットライトが点灯し、舞台が照らされ、一人の道化師の姿が浮かび上がる。
「ようこそ! 我らが笑顔のサーカスへ! 今は暗い顔の皆さんも、出る時にはきっと笑顔になれるでしょう!」
男の軽やかな声が響くと同時に世界が変質する、客席側に居た筈の三人は何倍にも広くなった舞台に立たされ、先程まで空席だった筈の客席は全て衣服を着た木製の人形で埋め尽くされている。
「今宵はゲストの皆様にも公演に参加していただきましょう! どうか、どこよりも刺激的で、暴力的で、蠱惑的な演目を皆様の手で完成させ、そして楽しく笑ってくださいませ!」
客席の人形たちが一斉に喝采し、手を叩いた。
……このような状況になった訳は少し前に遡る。
「墓荒らしですか……」
「そうみたいやな、妙な魔力が残っとったから異形の仕業やろうけど、まあ、人間を直接死体にするよりはマシや無いか」
空の言葉にマーガレットは頷く。
「ええまあ、死人が出ないのは良いのですが、どう考えても人々に悪影響はあるでしょうね」
「あるやろな、ま、見当は付いとる、今は噂程度やけど、【真夜中の扉】って呼ばれる奴がおるらしい」
その内容を話すと、マーガレットも同意する。
「死体を持って行って何をするのかは分かりませんが、潜在的な危険を無視する事は出来ませんね、助力を乞うてもよろしいでしょうか」
「勿論や、それとセイが自主的に夜の哨戒をしてるらしい、警戒して中に入りはしなかったが、その扉らしきものも数度見たようや」
「では、彼女にも協力を願いましょう、人員が欠けぬよう、この三人で事に当たっても大丈夫でしょうか」
空は数秒考えて頷く。
「星華の奴と同等でもなければ何とかなる可能性が高いな、無理でも空間を閉鎖されなければ逃げる事は出来るやろうし……逆に星華と同等なら何人居ようが同じやな」
その答えを聞いてマーガレットは机の横に立て掛けられた自身の剣の柄頭に振れる。
「では今夜から私達も哨戒に加わります、目標は【真夜中の扉】の元凶を止める事です」
それに空は頷いた。




