260話 黄昏の記憶6
……まったく、あの子は随分と面白い方向に目覚めたものだ。
運命、そう称されるものを認め、その上でそれを自分の領域で上書きする力、物語の形で顕現しているものの、その本質は空間支配に他ならない。
「とはいえ、現実の空間で顕現出来る力は、自身の領域内に比べて小規模なものになる……豊の様に戦いの為に力を使うのであれば訓練は必要だろうね」
目の前の空間に作り出した世界の覗き窓を閉じ、静かに呟く。そして彼女はその訓練に費やす労力を惜しむことは無いだろう、全てから目を背ける異形から、自己で立つまでに至ったのだから、彼女への心配は無用だ。
「……星華さん、貴女は何を望んでいるのですか」
横で見ていたルナが私にそう告げる、私の分霊体である黒猫の行動に関してだろう、ここにいる私が操作して居る訳では無いが、私がその場に居れば同じ行動をとる程度には同一の存在である以上、答えるべきだろう。
「あの子たちに言った通り、皆が自分の心に正面から向き合える様にする事、そして皆が自分だけの在り方と力を得れるようにするだけだよ」
「……無差別に唆して化け物へと変える事がそうだとでも言うのですか」
「あのまま放っておけば、彼女は自分の心を殺したまま生きる事になるだろうね……ただ、一筋縄ではいかない事は経験から分かって居た、だから異形の存在と化した後も、精神の水底から掬い上げる為に分霊体が直接出向いたんだ」
そう、分かって居た、彼女なら自分の願いを見る事無く、目を閉じる事を選択するくらいは、その為に分霊体を用意していたのだから、彼女や私の知る者達が、ただ壊れるだけにならぬように引き留めるために。
「……ところで、分霊体とはどのようなものなのですか」
ルナの問いに私は軽く頷いて、出来るだけ簡単に説明する事を試みる。
「自身の魂を複数に分ける魔術によって生まれる存在だね、あの黒猫は本体である私の魂のひとかけらだ……欠片とは言っても魂である以上、ちゃんと魔力も持つし自我もある存在だよ」
本質的には死霊術の発展形に近い魔術であるし、魂の器が大きくなければ危険であり、通常なら禁術に分類されるような術であるが、有用であることに違いはない、そんな術だ。
寝台に座り、大きく伸びをする。
「さてさて、今は異形の存在がどのようなものか、完全に理解する事は無いだろうね……あくまでも願い、感情の具現だから危険ではあるし、それに人間らしい存在でもあるから」
「……それで。私に何を求めるのですか」
隣に座るルナの頭をそっと撫でる。
「今は見守りなさい、そして考える事だ、君が何を見るのかを」
そして再び覗き窓を開く、新たな異形の在り方を見せる為に。




