257話 眠る者3
城門を開けて踏み入れた先は大広間になっており、黒大理石の壁に床そして柱には、蜘蛛の巣状に金の装飾が走っており、高級感のある御伽噺のようであるが、それは決して主人公や姫が居るべき場所ではなく、さしずめ魔王でも待ち構えているかのようであった。
「不気味だな」
「金の装飾の比率が多すぎれば下品にもなるが、これは中々上手だと思うよ」
正反対の感想を述べる紅蓮と黒猫であるが、その視線は奥へと向けられる。
大広間の奥は、玉座の間の様に数段分の階段で上がるようになって居るが、そこに玉座は無く、代わりに奥の部屋に続く扉が一つあるだけだ。
「あの先に居るようだね、異形の領域の構成は様々だけれど、広大な迷路でなくて助かったと思うべきだろうね」
「それより、星華、気付いているか」
紅蓮の言葉に、黒猫は笑う。
「ああ、気付かぬとでも思うたのか……ろくでもないものがみれそうだね」
部屋のどこからともなく無数の人影が現れる。
一つ一つの人影にこれといった特徴は無く、手には棒、刀、槍など、様々な武器を手にしている……その姿は……
「……顔の無い人形じゃねぇか」
のっぺらぼうのような無地の顔、木製の手足に球体関節、只の人形に過ぎない筈のそれは蠢き出し……奥の部屋に続く扉を激しく殴り始めた
「何をしてやがる……」
侵入者ではなく、奥に居る筈の輝夜を狙うような動きを見せる人形に、紅蓮が思わず声を漏らすと、黒猫が静かに語り出す。
「顔という物は個性を表すと言えるだろう、それが無い人形があの子を狙うのならば……これは彼女の苦しみを表すのだろうね」
……声が聞こえた。
「引き籠るな」
「苦しむふりを止めろ」
「普通の人はちゃんとやってる」
「お前より苦しんでる人が居る」
「子供みたいな真似は止めろ」
「苦しいのはお前だけじゃない」
「努力しろ」
無数の声が飛び交い、その言葉に扉が軋み、悲鳴を上げているようだ。
「あれは……」
「彼女が言われた言葉、あれは大人達を表しているのだろう……彼女自身を見ようともせず、無責任に己の中の常識に当てはめ、その中に彼女を閉じ込めようとした大人達……顔が無いのも当然だ、彼女にとっての大人達の象徴、個としての誰かではなく、総意で苦しめる集団なのだから」
「だが……」
言葉を返す紅蓮を、黒猫は黙らせる。
「大人達の言葉は正論ではある……だが他の誰かが苦しんでいるからといって、彼女自身の苦痛が軽減される事は無い」
「苦しみを受け入れろ、誰にも甘えるな……か」
「それを言った大人自身が、それを出来ているのか怪しいがな」
「……くそったれが」
「……同感だよ」
紅蓮は大剣を構え、一歩踏み出す。
「私は、これを静観するような外道でありたくはない」
黒猫の姿が変異し、人型に変わる。
「ようやくお出ましか」
「本質が実体のない霞の集合体であることに変わりはない、ある程度の物質的な干渉は出来るが、本体ほどでは無いな」
「それが問題になるのか」
紅蓮の問いに星華は笑った。
「なるとでも思うか」
紅蓮は大剣を軽々と振るい、人形を蹴散らしていく、人形は反撃の姿勢を取るが、その動きは素人そのものであり、戦闘技術を持つ紅蓮の相手ではない。
「所詮はただの人間の具現化って事か」
「ああ、只人に過ぎないさ、今の彼女なら魔術などに頼らずとも、組み伏せる事など造作も無いだろうね」
自身に向けて振るわれる無数の武器を、事も無げに素手でいなしながら、星華が人形に軽く触れれば、球体関節が外され、あっさりと解体されていく。
人形たちは容易く片付けられ、二人は扉の前に立つ。
「猫には戻らないのか」
「戻っても良いけれど……あの子は私と合いたいだろうからね」
「そうだな、あいつもお前だけは信じている」
そう言われて、星華は静かに、ゆっくりと瞬きをする。
「この先ではさっきの人形よりも、更にろくでもないものが出てくるだろうね……行くかい」
「ああ」
そして、彼女が待つ部屋へと二人は歩を進めた。




