253話 信者無き偶像1
帝国とは呼ばれるものの、規模自体は小国、そんな領地の近くにそれは現れた。
巨大な鳥籠のような形状の檻の中に、篝火のような祭壇が置かれている……だが、その鳥籠の下からは昆虫の足の様な形状の金属製の足が生え、頂点の部分からは先端に短剣が付いた鎖の様な形状の触手が伸びている。
祭壇は白く、遠目には綺麗に映るが、近付けばそれは無数の骨の集合体であることが分かるだろう。
その異形の存在は近付いた生物を触手で無差別に刺し殺し、その死体を炎へと投げ込んで燃やし続けていた。
「異形の怪物……人間が変化するって聞いてたけど、これ違うよね」
祭壇の敵対距離から離れて観察している輝夜が呟けば、横で腕を組んでいた紅蓮が頷く。
「ああ、あれは祭壇だろう、祈りによって生まれた小さな神とでもいうべき存在……いや、本来の信仰対象である炎ではなく、己を信仰対象であると勘違いした偶像に過ぎないだろう」
「分かりますか」
「俺も断片ではあるが炎の邪神の分体だ……本来の神の意思すら無く、只の人としての意識しか持たない程度の零れた欠片に過ぎないが」
クトゥルフの神話形態において語られる炎の邪神クトゥグア、だが分体であり、本来ある筈の神としての力も弱く、本体との繋がりすら無かった彼は、神として最低限の存在ではあるものの、強さとしては少し強い人間といった程度であった。
「それでも……私よりはましだと思うよ、人間としてすら欠陥品の私よりは」
輝夜はそう呟き、遠眼鏡を用いて対象を眺める。
「炎の中に結晶がある、魔力の根源はあれかな」
その言葉に紅蓮は目を凝らしてから答える。
「無数の魂の気配も感じるな、恐らく閉じ込められているのだろう」
炎による魂の浄化を信じられていた筈の祭壇だが、少なくとも異形と化してからは浄化などはされておらず、燃料となって燃えているようであった。
「それにしても……皇帝は偽物に代わっていて、実際の支配はお前がしているのだから、他の奴に始末命令を出させればよかったんじゃないのか?」
紅蓮の呆れたような言葉に輝夜は目を閉じた。
「……私は形式上低い地位に居るから、先に出ないと面倒が増える、それに……」
……その先は聞かせるつもりは無かったようだが、紅蓮の耳には届いていた「死にたかった」と。
「さあ、やるか、武器はあるな」
「……はい」
静かに天音は一本のナイフを取り出す、腕力の無い彼女が選んだ得物だ。
「標的は祭壇の中の結晶、行きましょう」
そう言って歩き出す、その姿は死を恐れていないようで、寧ろ死へと飛び込んでいるようであった。




