248話 夜の光
素材とする為に木を切り倒し、切り株の処理をした後、使い道が無くて放置していた小さな空き地に穴を掘り、簡素な棺に納めた老人の体を埋める……暫く迷った後にあの人の彫像は墓石代わりにする事に決めた、共に埋葬する事も考えたが、彫刻家だ、埋めてしまうよりは見えるように置いておく方が良いと、そう思った。
……この老人はあの人が照らした光から生まれた影なのだろうか、それとも、光によって灯った炎なのだろうか。きっと、どちらでもあるのだろう、私達からはあの人の異色の光は影に見える、それだけなのだろう。
考えてばかりで疲れた……少し歩こう。
町に飛び、特に深く考えず、一つの路地に入る……石畳に靴の踵が当たり音を立てる、肌寒い夜の路地裏に人の気配は無く、不気味なほど静かな空間に靴音が吸い込まれ消えていく。
数段分しかない短い階段の一番下に腰掛け、嘗て私が居た世界より遥かに綺麗な夜空の星を眺めていると、「なーん」と鳴き声が聞こえた。
そちらを見れば一匹の猫が歩いて来るのが見える、その歩き方はぎこちなく、足を庇う様で、私に気付いたらしいその猫は、警戒するようにこちらを見ている。
敵意が無い事を伝える為、その猫からゆっくりと視線を逸らし、そして戻す、野生の獣に対し目を逸らさないというのは、相手を警戒している証拠だと言うあの人から教わったやり方だ。
猫は私と同じように目を逸らし、横にやってきて蹲る、そっと手を伸ばして頭を撫でてから見れば、足に傷を負っているようだ……鋭い爪、もしくは刃物だろうか、血は止まっているが痛々しい。
魔術で少し生命力を分けてあげ、傷を癒しながら背骨をなぞるようにゆっくり撫でる。
……その静かな静寂は荒々しい喧噪によって破られた。
「まったくついてねぇ、あそこで憲兵に見つかっちまうとはな……」
少し大柄な男が柄の悪そうな連中を数人引き連れてやってくるのが見える。
特に興味も無く、眺めていると向こうも私に気付いたようで、一気に警戒するのが分かる、
「ちっ、追手か」
「……違うよ」
何かやらかして追われているのだろうが、私個人としては別に興味も無く、面倒だったのでそれだけ返す。
「兄貴、俺あの女見たことあります、宮廷に出入りしている所を」
面倒な……有名になると厄介だとあの人が言っていたのが、今なら身に染みて理解できる。
「私は只の散歩中の一般人、そう言う事にして、どこかに行くなら、別に何かする気はないよ」
「信じられるか、こうなったらこいつを攫って……」
「また裸踊りでもさせますか」
下らない子分の言葉に後ろでそうだそうだと追従する馬鹿達、それを見て冷たい思いだけが胸を満たす。
……私は何をしているのだろう、私達が命を懸けて守っているのはこんな奴らの居る国なのか。
あの人は、星華ちゃんはこんなのの為に生贄となったのか……私がこの国の為に戦うのをどう思うのだろうか。
……念を飛ばしても答えは無い、自分で考えろ、そう言う事だろう。
星華ちゃんはいつも何かのために戦っていた……そうだ、誰かの為、自分がそれを望んだから守り、戦っていた。
自分が気に入った相手だけを守る、それで良いじゃないか……見知らぬ他人の為に、正しいのかも分からぬ正義の為に、何故戦わねばならぬのだろう。
私は微笑み、傍らの猫を一撫でして立ち上がる。
「おい、逃げるぞ、こいつはやばい」
そう言って後ろを見た親分は動けなくなる、既に周囲は私が作り出した氷の鳥籠に囲われ、逃げ場はない。
「どうして逃げるの、私に踊って欲しいんでしょ」
そう言って懐から脇差を取り出し、ゆっくりと抜き放つ。
「ごめんなさい、私は神楽舞と剣舞しか知らないから……」
ふわりと、足を前に運ぶ、彼らも懐から獲物を取り出す……だが、私は星華ちゃんに師事していたんだ、その過ごした時間を証明すればいい。
路地に響く悲鳴は周囲を覆う冷気の風に飲まれ、消えていく。
私は平和が好きだし、争いを好む訳でもない……だが、だからと言って戦いが嫌いな訳ではないし、血を見るのも平気だ。
……ふと空を見上げれば、三日月が美しく私を照らしている。
前を向き、掌を向ければ私が生み出した氷の鳥籠は簡単に砕け散る……結局、私を縛るものなんてこんな程度の脆い物だったのだろう。
……結局力が正義なのだ、いや、力だけが正義を定義出来るのだろう、野生の世界ではそれが当たり前で、秩序を作っている……人間の世界だって建前を取り払ってしまえば何ら変わりはない筈だ。
私はそっと駆け出した、自分の中の何かを解き放つかのように。
門を軽く飛び越え、気付けば四つ足で地を駆けていた。
……嗚呼、月が綺麗だ。
大きく息を吸い、空に向かって吠える、世界の果てまで届くような遠吠えが響き、空気を揺らす。
……私は、自由だ。




