241話 黄昏の記憶3
「恐れず、見据えなさい、相手が誰であろうと、それを怠ってはいけない」
ルナが多少は剣術を習っていると言うので、訓練場を借りて軽く手合わせをしてみる……そんなに簡単に貸して良いのかと思わなくも無いが、天使からすれば私には飽きて出て行かないようにある程度は自由にさせておく算段なのかもしれない。
それはさておき、私は訓練用の木製武器の中から木刀を取った、直剣を模した木剣と刀を模した木刀では取り回しが大きく違うからこれが在って助かった、当然直剣でも正面から敵を始末する程度は容易いが、それは訓練に使える技術では無いから使うわけには行かない……刀身の反りと片刃と言うのならサーベルが近いが、それでも慣れた形の武器を使うに越したことは無い。
そしてルナが選んだ武器だが……
「それで良いのかい」
「はい、これが一番使いやすいんです」
私と同じ木刀であった、身長の影響で一回り短い物ではあるが、扱いが易しい武器であるとは言い難いものだ、だが、彼女自身がそれを選んだのであれば私に止める理由はない。
「さあ、私は反撃しないから好きにやってみなさい」
そう言って私は木刀を持った右手を下げ、自然体で向き合い、動きを観察する。
……思った以上に筋が良い、両手で柄を持ち、しっかりと構えている、多少型が崩れてはいるものの、体の芯が真っすぐでそれが維持されている、普段の所作からも体の動きの良さは読み取れたが、想定以上だ、少なくとも一切鍛錬を積んでいない当初の豊に負けるようなことは無いだろう。
「どうした、攻撃しないのか」
躊躇いが見える彼女に問えば、視線が泳ぐ。
「その……構えないのですか」
そう返された、自然体で居たせいで勘違いをさせていたようだ。
「私のこれは構えと同じだよ……それにね」
一歩、踏み出す、虚をつくと同時に、反応を許さない速度で木刀を振るい、首筋に軽く当てて笑って見せる。
「たとえ真剣を使った不意打ちであろうと私に届きはしないさ」
ごくりと唾を飲み込むのが分かる、全力を見せた訳では無いが、それでも圧倒的な実力差を実感したのだろう。
「分かったかい、さあ、おいで」
私がそう言えば、今度は一気に打ち込み始め、木と木がぶつかる良い音が連続で何度も響く……やはり筋が良い、若干打ち込んだ後の戻りが弱いが、中々の速度と力を持っている、この子普段は真剣で鍛錬しているのではないだろうか、真剣に慣れていると考えれば、戻りが弱い点を含め、木刀との重さによる差異が出ているとして納得がいく。
「少し止めなさい」
一度止めて、聞いてみればやはりそうだと言う、中々に危険な鍛錬法ではあるが、実戦で初めて真剣を使うよりは遥かに良いやり方である。
「となると……こんなものかな」
彼女の持つ木刀に術式を加え、少し負荷を加えてみる、先程までの打ち込みの力の入り具合から言ってこのくらいだろうか。
「これで使いやすいんじゃないかな」
「……はい、ありがとうございます」
「私の様に様々な武器を扱えれるのが最良には違いないけれど、その前に一つの武器を習熟するのが大事だからね、鍛錬の武器の重さも合わせておく方が良いだろう」
仕切り直しに私も軽く木刀を振るって見せる。
「それじゃあ軽く打ち合ってみようか、加減はするけど、油断すると痛いよ」
「分かりました」
そう言って私から木刀を振るう、速度はゆっくりにしているが、予備動作は平時と同程度に小さく、隙も隠した剣技で、今度は彼女の受けの技術を見定める……こちらは結構甘いな、必死に捌いては居るもののその気になれば突ける隙は多いし、少し拍をずらして見せれば……
「あうっ……」
拍子を狂わされて、私の一閃が胴に打ち込まれる、怪我としては大した事無いようにしているが、しっかりと痛みを感じるように打っている、痛みの記憶が刻まれているからこそ防御技術は身に付くし、どの場所の痛みが人を行動不能にするかを体で覚えれば無意識に守らねばならない場所を最優先で守る動きが出来るようになるからだ。
だが、その痛みも長引かせる必要はない。
「安心しなさい、痛み止めと治療をするから」
木刀を放り出し、打った場所に手を当て、魔術で回復させる。
「……私も貴女のように強くなれますか」
彼女の問いに笑って見せる。
「鍛錬を積めば不可能じゃないと思うよ、今の実力的には豊より少し下くらいだけど、それでも只人よりは遥かに筋がいいからね……出来れば同じくらいの実力の相手と鍛錬を積むのが良いのだけど、それに関しては私が合わせるしかないね」
時間としては短い打ち合いとはいえ、随分消耗した様子のルナを背に負う、時間はたっぷりあるんだ、急いて体を壊したり、鍛錬が嫌いになるよりはまだ動けるくらいで止めておくのがちょうどいい、ある程度の実力がついて実戦を想定するなら、自分がどの程度の無茶を通せるかを学ぶ必要はあるが、この子にそれはまだ早い。
……それにこの子には才がある、私に教えられることは教えよう、それはきっと役に立つはずだから。




