234話 黄昏の記憶1
寝台に上って足を伸ばして座り、興味深そうに私の話を待つ少女に話しかける。
「さてと、外の話と言う事だし、私が居た場所の説明からしなければ、前提が理解出来ないだろうね」
私が居たあの地は明らかに異質な場所であるが故に、それをまず語らねばならないだろう。
相変わらずこちらを見ている少女に軽く微笑みかけて言葉を紡ぐ。
「私が居た町は裏社会的な組織によって作られた場所でね、私もその組織に所属していたんだ」
「組織って……どんな?」
少女の言葉に私は苦笑する。
「一言で表すのは難しいんだけどね、元々は大きな花街を管理して居た勢力が、戦争に負けて国が荒れていた所に乗じて力を付け、辺り一帯を掌握するに至ったんだ……まあ組織構造も変化しているからあまり当てにはならないけど、それでも、一つの小さな国と言われるだけの事はあるし、外とは常識も全然違う物だったんだ」
「常識……」
呟く少女に優しく語り掛ける。
「すこし、難しかったかな」
「いえ、大丈夫です、その常識について教えてください」
首を横に振った少女に頷いて口を開く。
「そうだね、外の国では結婚と子供を産む事は近い物とされている事が多い……実際はともかく、結婚していない相手と子供を作る事はあまり良いとは言われていないね」
「……それが、違うんですか」
不思議そうな顔をしている彼女の頭を軽く撫でてそれに答え始める。
「ああ、正確には結婚と繁殖が切り離されているといった方が良いね……そもそも子供に対する感覚そのものが違うんだけど……そうだね、簡単に言えば血筋と言う感覚そのものが薄いんだ」
「普通は血が繋がっている人を家族と言うんじゃないんですか」
「いや、そもそもの始まりが花街であり、娼婦が多くいた文化だからね、子供は皆の子であり、だれか一人の子供ではないって考えが根底にあるんだ……」
そこで一旦言葉を切る、人々がかなり強い結びつきを持っているからこその考えでもあるし、感覚が良く分からないのも仕方ない事だ。
一旦呼吸を整えて説明を再開する。
「少し話をずらすけど、あの地で生まれた子供は皆等しく、子供を育てるための場所で育つことになるんだ」
「どんな場所なんですか」
「そうだね……家と遊び場と学び舎が一つになったような感じかな、そこで子供達は仮の名前が付けられるんだ……大きくなったら自分の名前を自分で考える事になるんだよ」
少女が少し考え込むような表情をしていたので、言葉を切って待っていると、やがて質問をくれる。
「どうして、そんなことをするんですか」
「簡単に言うなら平等にするためだよ、家庭環境や貧富によって子を育てる際に大きな差異が生じるべきじゃないって考え方だね……貧しい親を救うだけじゃなくて裕福な親が贔屓するのを防ぐ意味もあるんだ」
「でも……」
「それともう一つ、自分の血縁に酷い事をしたくないってのは割と誰もが持ってる感情だからね、自分の血縁の子供がどこで何をしているのか分からない以上、町を運営する側も一部の身分の人を虐げる事をしなくなるっていう政治的な言い訳もできるね」
「ですが……」
言い淀む少女に私は笑いかける。
「君の言いたい事も分かるよ、家族ってのは大切なものだからね……でも私達にとっては誰もが家族なんだ……私みたいに身内もおらず、記憶を失って外から入って来た異端の存在だって家族と呼んでくれたんだ」
国を動かす十二部門の内の一部門の長の任命を、外様だからと辞退しようとした私に、姐さんが呆れたように貴女も既に家族なんだから問題ないと言ってくれたあの時の事は、例え私に常人離れした記憶力が無かったとしても忘れることはないだろう。
「あ…………」
「何も言わなくていいさ、個人的な話だからね」
時計を見れば既に深夜であった、この場所では昼夜が分かりにくいが、それでも変な時間感覚で起きるのは体に悪いだろう。
「さて、今日の話はここまでにしようか」
「はい……その……」
「何かな」
「いえ、大丈夫です」
軽く笑って部屋の明かりを魔術で消すと、少女も一緒の寝台に入ってくる……もっともこの部屋に寝台はこれ一つしかないから当然だが。
「それなら、今は訊かない、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」




