23話 自由帝
「この侵入者がぬけぬけと!」
「待ちなさい」
私の静止を無視して軍務尚書が剣を抜いて切りかかろうとする。
・・・え?
「邪魔だから動かないでね、死にたいなら構わないけど出来れば友好的に対話したいから」
彼女は一度も剣を抜いたようには見えなかった、なのに何故軍務尚書じゃなくて彼女の手の中に刀があるの?
「・・・化け物が」
「そう、私は化け物だよ、それに攻撃を仕掛けたのは貴方だ、相手を見るべきだったね」
そう言った彼女は年端もいかないような姿なのにも関わらず軍務尚書の首を掴んで片手で持ち上げる。
「申し訳ありません、内の者が攻撃を仕掛けたりしてしまい・・・・・・」
「別にかまわない、それに貴女が謝る事じゃない」
そう言って彼女は軍務尚書を開放する。
「貴女が自由帝マーガレットで間違いありませんか?」
「はい、何の様でしょう?」
彼女の返答次第ではこの国が滅ぶ。
「同盟・・・いや援助に参りました」
「何故ダンジョンマスターが?」
「向こうの国の存在が大きいですね、帝国主義のあそこは強力な兵が多いと聞きます、現状なら私が負ける事は無いでしょうがこの国を支配し、取り込んだとなると話は別です、数で押され不眠不休では無理があります、第一この国を滅ぼして次に攻め入る時そこへの通り道に私のダンジョンがあり、制圧して補給基地にする作戦を取るなどと考えられては迷惑です、ならこの国に協力してその国がこっちに来ないように見張れます」
・・・・・・私と似たような考え方だ、もし立場が同じなら私も同じ選択をするだろう。
彼女は自分のダンジョンを守るために行動している、多分その為にはどんな手段も厭わないだろう。
「貴女が戦力を提供するなら私たちは何を支払えば?」
今は戦力が欲しい、だけど対価によっては出来ない場合もある。
だが彼女の返答は予想外の物だった。
「・・・・・・全く考えて無かった」
「・・・え?」
彼女の呟きに思わず聞き返す。
「自分のダンジョンを守るために戦力を戦力を提供してあの国と戦うつもりだったから何かを貰う気は無かった」
「ですが、それではほぼ一方的に私たちの利益になります」
「・・・それならその内で良いので私と二人きりで話してください」
「そんなのが対価?」
彼女は丁寧に頷く・・・あまりの優雅さ、美しさに女の私でさえ惚れてしまいそうになる。
「貴女の国に対する姿勢、考え方に非常に興味があります、ただの知識欲ですがそれで構いません」
「その程度で良いのでしたら勿論構いません、同盟を結びましょう」
私が契約書を取り出そうとするのを彼女は止めた。
「そんな物無意味でしょう、私は裏切りません、常に居る事は出来ませんがこの国に勝利と繁栄をもたらしましょう」
「私はという事は裏切る者が居るとでも?」
彼女は面白そうに苦笑する。
「それが起こらないという保証は無いでしょう?人は案外簡単に裏切る物ですから」
「陛下、このような魔性の者に騙されてはなりません」
宰相を黙らせ、彼女に話させる。
「・・・・・・確かに私は人間ですが魔性の者でもあります、ですが人を裏切るのは人だけでしょう?」
「なっ」
絶句している宰相を無視して彼女は妖艶な笑みを浮かべながら話を続ける。
「魔物は裏切りませんよ、滅ぼすなら最初から攻撃します、せこい真似はしません」
それもまた真理か。
それに・・・と彼女は言葉を続ける。
「この世で最も邪悪な生物は魔物じゃありませんよ、魔物はある意味純粋です、最も邪悪なのは『人間』ですよ」
・・・・・・そうかも知れない、人間は他の生物と比べて欲が多すぎる。
「まあ、私が邪悪じゃないと言ってる訳ではありませんけど」
「ですが裏切ったとしても貴女に利益は無いでしょう」
「そうだね、それは全くない、だから安心していいよ」
「ならば契約成立です」
「感謝いたします」
・・・感謝か、久しぶりに心から言われたな。
会議が終わりを告げ私と彼女の二人きりになる、宰相は渋っていたけど、彼女の武器を全て預ける事で納得した・・・・・・彼女の戦闘能力を考えると多分武器などなくても私ぐらい屠れるだろう、幾ら私に戦闘経験があると言っても彼女の前では無意味に思える。
「この国がよく見える場所はありますか?」
唐突な彼女の問いに私は驚きつつも答える。
「ならこの城の屋上庭園が良いでしょう、この国を一望できる場所です」
「案内していただけますか?」
「はい」
「・・・とても良い眺めですね」
「そうですね、私もお気に入りの場所です・・・ここなら外出ではないので宰相に色々言われる心配もありませんし」
彼女はおもむろに草むらに寝転ぶと両手の掌を頭に回しながら空を見上げる。
「綺麗な空ね、夜は星の眺めがよさそう」
「はい、星空が綺麗ですよ」
「貴女はこの国をどうしたい?」
・・・どう答えたものか、嘘や建前が通用する相手じゃない、本心を答えるしかないか。
「解りません、今はあの国との戦いに専念しているから誤魔化せていますが、実際に私がこの国の行く末を導いていく所なんて想像できません、第一私はこんな立場投げ捨てて自由に暮らしたいんです」
その答えに対する彼女の答えは意外な物だった。
「・・・そうね、私も解らないわ、自由に暮らしたいって思いも一緒よ」
「貴女は何故そんなにも強いのですか?」
今度はその答えに恐怖を覚えた。
「私は昔の記憶が無いの、最初の記憶は多くの死体に囲まれた山奥の屋敷の中、そして私の手にはあの二尺程度の匕首が一つあっただけ、周りには誰も居なかった、そこで私が生きるために何を食べたか解る?」
・・・一瞬で理解したがそれ故に吐き気がする。
「そう、人の肉よ、そんな物を生で大量に食している内に私自身が鬼女へと変化していたのかもしれない、まあ何とか人のままで済んだけど、それが私の強さの理由かな、要するに化け物の世界に片足どころか首以外突っ込んでるんだよ。」
・・・ああ、吐きそうだ。
「流石にこれを真似するのは止めた方が良いよ、普通なら死んだ方がましだろうし」
その通りだ、地獄を超えての強さを身に着けるには異常な覚悟が居るのだろう。
「大体人間には人間の強さがある、魔物の力を宿すのは止めるべきだろう」
「そうね、その通りだね」
「ただ、君が強くなりたいなら協力する事は出来る」
「え?」
彼女は今度は優しく笑った。
「私が稽古をつけてあげる、ダンジョンには転移で戻れるし、なんかここにも転移で来れるようになってたから何時でも相手をしてあげる」
「良いのですか?」
「貴女は素質があるわ、見れば解る、さあどうする?」
勿論答えは決まっている。
「お願いします。」
そう言って見た彼女の笑顔に思わず凍り付く。
「私の本気の訓練は大変だから頑張ってね」
・・・これは倒れるまでしごかれそうだ。




