227話 宵6
数日間続いた会談は一旦は終わった。
話し合わねばならない事は多くあるが、それが民を放置する理由になってはならないのだから。
一度帰還した私は豊さんと共に負傷者の治療所を訪れている。
「……あんたたちか、入ってくれ」
戸を叩くと僅かに開き、その隙間から私と豊さんを認識したのか、ゆっくりと扉が開かれる。
「毎日の治療、ご苦労様です」
「俺達医者の苦労なんぞ、実際に怪我した連中と比べれば安いものだ、それとあまり大きい音は立てないでくれ、皆の傷に触る」
そういう男の医者に豊さんが声を掛ける。
「少し、手伝わせてください、簡単な痛み止めと、傷が腐るのを防ぐ位はできますから」
「痛み止めは完全に痛みを感じないようにするのは止めてくれ、体の不具合を察知しにくくなる」
「分かって居ます、それにそこまで完璧な痛み止めは出来ませんから」
「それなら頼む、最近は痛み止めの薬を調合しようにも、入ってくる材料より、消費する量の方が多いんだ」
男のその言葉に私は震える、警備隊や守護隊の治療所ですら薬の材料が不足しているという事実に。
「……やめときな」
急に声を掛けられ、体がビクリと反応する、そしてその顔を見た私に男は話す。
「あんたの権限があればここに薬をもう少し多く入れる事も出来るだろう、だが、それは他の誰かが求めているものだ、それを取り上げる訳にはいかねぇ……どうせどこも品不足だ、ここだけ充実しても意味がない……それと、増産するなら食料にしておけ、薬があれば病を癒せるが、充実した食料があればそもそも病に罹る者が減る」
「……分かりました」
「それとな、嬢ちゃん……あんたは人を動かす事を覚えたほうが良い、大方手本にしている奴が居るんだろうが、そいつはそいつで、あんたはあんただ」
「よく……分かりますね」
「少なくともあんたの倍は生きてるんだ、俺があんたに上から言えるのは重ねた時間の分だけだ」
「はい……ありがとうございます」
すこし静かな空気になっていると、奥から豊さんが戻ってくる。
「取り敢えず皆の痛み止めと傷の保護をしてきたよ……それと、勝手だけど薬の調合場所を調べて今までよりも材料の消費を少なくして、一度の服用量も減らした調合法をいくつか記しておいた」
言われた彼は、豊さんに渡された紙を暫し眺めた後、顔を上げて言った。
「……なあ、この調合法、他の医師連中にも渡してやってくれないか」
「そのつもり、思ってた以上に製薬が大雑把で無駄が多かった」
そう言って彼女は私にも同じ内容の紙を手渡す。
「これを広めて、痛み止め以外にも火傷や裂傷に効く薬なんかの製法が書いてある」
「分かりました」
そう答え、紙をしまう。
「それとこっちに来て」
彼女に言われるがままに付いていくと一つの部屋にたどり着く。
「入るよ」
豊さんがそう言って中に入り、私と医者も続く。
その中には一人の老人が寝台に座っている……そして彼の右足は膝から下が無くなっていた。
「この人は?」
「名前は聞いてない、ただ、まだ戦いに参加したいって」
「……そうですか」
私が少し沈んだ声で答えると、老人が明朗に笑った。
「不思議に思われるかね、お若いの……まあ、こんな爺が戦場に立ちたいなどと宣うのを不思議に思うのも無理は無い、儂は見ての通り、健康でも後二十年は生きれぬ身、ならば若いのの代わりに戦いたいと思う事に何かおかしい所でもあるかね」
「ですがそれは……」
私の答えの先を老人は引き継ぐ。
「死にに行くようなもの……そうでしょうとも、ですが、この爺の身一つで一人でも多く逃げられるのなら喜んで獣に喰われましょうとも」
そういう老人の眼に迷いは無い。
「天音ちゃん、私はこの人に魔術で思い通りに動く義足を用意する事が出来る……私はそうするべきだと思う」
……簡単な事なのだ、普段通り小を切り捨ててでも大を生かす、だが、それを選択出来ない自分がここには居た。
「……御老人、貴方がそれを望むのなら、私に止められる道理はありません」
……結果、私は逃げたのだ、選択する事から。
「ですが、可能な限り貴方も生きて下さい、その志を伝えるために」
「全て、分かっておりますとも、貴女のような指導者を持てて光栄に存じます」
そう言って深々と頭を下げる老人に、私は視線を向け続ける事が出来なかった。
暫しの沈黙の後、豊さんが口を開く。
「この老人と二人にしてください、魔力の性質の把握や、身体の測定が必要だし、生き残れるようにするためにやるべきことは多いから……天音ちゃんは仕事に戻ったほうが良いよ、星華ちゃんでも完成には一週間は要するし」
「……分かりました」
そう言って医者の男と部屋から出る、医者は私を見ると肩を竦めて、仕事に戻っていった。
そうして一人残された私も己の仕事を行う為に、ここまでの道を引き返す……自分の選択について心を悩ませながら。




