226話 逢魔ヶ時6
一体の天使に飛び掛かり、何も持たない左手を胸に突き刺し心臓を握りつぶす。その間攻撃を右手の匕首で受け止め、武器毎叩き壊す。
……周囲の状況を把握し、その中から脅威を選別し、優先順位の高い物から応戦する……戦闘の基本だ、だが、極限まで磨き上げた基本こそ技量であり、それを怠ればその先が身に付くことは無い……それは教育の基本だ、私は豊にそれを教え、技量を与えた、敵の動きを見切り対処する術を。
だが、それは私の技ではない、私が見切るのは気配、そして予備動作だ、魔術であれ物理攻撃であれ何らかの予備動作無しに使えはしない、ならばそれを見切れば対処できないという事はない……私の体力が持つ限りは。
「不運なものだね、アンタ達は、この邪神だけじゃなくて、あんな化け物を敵に回すなんてさ」
アザトースは目を閉じたまま空中に浮いていて、周囲を飛び回る無数の賽子は周囲に様々な攻撃魔法を打ち出し、自らが炎を纏って敵に突撃している。
「手心でも考えているのか?」
「まさか、私は邪神だ、面白いほうの見方をするだけさ……天使共、アンタ達の考えている事はつまらない訳じゃ無いが……今はコイツの方が面白い、なんたって私すら利用しようと言うのだからね」
「……全く、別の神格と混ざって居るのではないのか」
アザトースは私の言葉に、ただ笑い、大仰に口を開く。
「神は人の思う侭に在る、我を良く識らぬ者には、ただ我はクトゥルフ神話の邪神であるのだから、我もまたそうである事が出来るのだよ……こんな風にな」
そうして手を軽く掲げると、近くの天使の装備が朽ち果て、その肉体すらも崩壊を始める。
「クァチル・ウタウス……塵を踏み歩く者……そんなもの良く知らない者は名前すら知らないだろうに」
「ああ、だが、クトゥルフ神話の中に語られている事には違いない、ならば呼び出せる……故に、我は無貌でもあれるなら、呼び声を発し、生ける炎としての姿を見せ、黄衣を纏う事も出来よう……我はアザトースであるが間違いでもある、そう我はクトゥルフ神話の神であるのだから」
「……面倒なものだ、神話そのものとはな」
「ああ、だけど、今はこの力は使わないでおこう、所詮遊びだ、楽しむべきだろう」
……制御出来るとは思ってない、それで十分だろう。
「私はただ進むのみ、それが終わる時まで」
匕首を携え、切り結ぶ。
突き、払い、薙ぎ、潰し、破壊する。
アザトースは背後から援護を行い、そちらへ向かった天使を容易く叩き落す。
……やがて、増援も途絶え、一人の天使だけが残った。
「貴様で最後だ、天使長」
敢えて攻撃をせず、最後まで残していたのには意味がある。
「そのようだな、2対1か」
「そうではない、アザトースは帰ると良い」
私の言葉に背後から面白そうな声が聞こえる。
「良いのかい、確かに私は早くアンタのくれたTRPGの台本を確認したいけどさ」
「構わない、アンタを呼んだのは雑魚の掃除が目的だ」
ここでアザトースが居てはいけない理由がある。
「そうかい、じゃあ、また会う事になるだろうね」
気配が消える、見ては居るだろうがそれ以上介入はしてこない筈だ。
「さあ、始めようか、天使の長……神の使徒よ」
「ああ、行くとしよう」
この戦いで私は負けねばならない、これに勝利し人の世に戻れば、私は英雄となるだろう……だが、そうなれば人は私に頼り、己の足で進みはしないだろう。……故に私は敗北しなければならない。
私は匕首を構え、足を踏み出す……天使は地に降り立ち、執行者の剣をこちらに向ける。
さあ始めるとしよう、負け戦を。




