225話 宵5
「……それでは、三国間の会談を始めましょう」
そう宣言したのは女帝マーガレットさんだ、私達は今、彼女の国に赴き、今後を左右する話し合いを行おうとしている。
今、この場所に居るのはこの国の代表であるマーガレットさん、もう一つの帝国の使者兼代表と言う名目で来ている実質的な支配者の輝夜さん、そして聖神国の代表として私……それと星華さんの代理と言う形で参加している豊さんの四人である。
「……まず一つ、今は私が、簡単な進行役を務めてよろしいでしょうか」
マーガレットさんの言葉に私も頷く。
「私は構いません、まだ、この任に就いて日の浅い私では、まともな進行は出来ないでしょうから」
「同意、そもそも私は進行役に向いてない」
輝夜さんが同意すると豊さんも肯定する。
「それでいいよ、私は国の代表じゃないし」
「分かりました、それでは本題に入りましょう」
「その前に一つ、良いかな」
円卓でマーガレットさんの正面に座った豊さんが、手を挙げる。
「はい、何でしょう」
「まず、円卓に着いた以上、最初に全員が同等の発言力を持つことを全員が保証するべきじゃないかな」
……恐らく星華さんの残した本に書かれていたのだろう、だが、彼女からはただの真似ではないと一目でわかる気配があった。
「それと……別に私はどこかの国が一人勝ちして、他の二国を吸収しようがどうでもいいけど……星華ちゃんも私と同意見とは限らないよ」
その言葉は誰かが一方的に有利にならないようにする牽制でもあり、彼女自身が誰かに有利になるように取り計らうようなことはしないという表明でもある。
「ええ、では、そうしましょう、そもそもこれは利益や損益をどう分配するかの議論を行う為ではなく、大きな脅威に対して協力して向き合う事を決める為にしているのですから」
マーガレットさんも豊さんの言葉に倣い、私と輝夜さんもそれに従った。
「それでは、本題の魔物の増加と活性化についてですが……」
その言葉に対してまたしても豊さんが手を挙げる……そもそも彼女が最も多くの情報を握っているのだから仕方ない事だが。
「その内容に関してなら星華ちゃんが書いていった本の中に記述があったから、必要な部分だけ模写したものを持ってきたよ」
彼女が配った書類の内容は、ほぼ私が見たものと同じだった……内容としては活性化の原因への考察の纏めと、人間の異形化に関する内容だ。
「言っとくけど、その情報は外に漏らさないように、紙も回収するよ」
彼女の言葉に私達は頷く事しかできない、魔術が存在する世界であっても禁忌に近い内容でもあるのだから。
「ですが、これは写しですが、原本で無いのには理由があるのですか」
「ああ、うん、一冊しかないのと原本の内容をそのままだと内容が頭に入ってこないから、ある程度分かりやすくした内容になってるよ、一応原本もどうぞ」
そう言って豊さんが該当するページを開いた状態でマーガレットさんに本を差し出すと、それを数舜眺めたあと、豊さんへと返却した。
「なるほど……翻訳感謝します」
翻訳……一応この世界でも普通に言葉は通じるのだが、あれは古文書みたいなものだから似たようなものか。
「豊さん、この異形化って具体的にはどうなるの?」
少しした後、輝夜さんが口を開く。
「完全に怪物になる事もあれば、人型を維持する事もあるって書かれてるから、全て同じだとは言えないけど……うん、見てて」
そういったあと、豊さんは椅子から降りて、机から少し離れた場所に立つと、腰に帯びていた脇差を構え、呼吸を整える。
「魔力を御して、同化する……」
その瞬間一気に部屋の温度が下がる、彼女の着物は素材そのものが明らかに変質しており、柄が雪の結晶を模したものに変わっている、構えた脇差には異常な魔力を放っており、空気すらも凍らせそうな程である。
「……これ以上は無理かな」
彼女の言葉を皮切りに冷気が治まり、彼女は疲れ切ったように肩で息をしている、着物も花柄に戻っており、先ほどの恐ろしさは残っていなかった。
「……今のは」
「異形化、と言ってもある程度制御されてるから、私の想像が大きく反映されてると思う、今のは私の魔力と相性が良い雪女を想像してたね」
そう言って椅子に座りなおすと、手を組んで大きく伸びをしている。
「制御できるなら活用も出来そうですが……」
マーガレットさんの言葉に豊さんは苦笑いを返す。
「制御できるならね、私は冷静さを表す氷の力だし、何もしなかったから何とか制御できたけど、激情を象徴する炎の力を使うような人が、戦いの中で暴走しようとする力の手綱を握れるとは思えないね」
「そうですか……」
「力が溢れてくる感覚だから、制御は難しい、それに一度暴走が起きたら、敵味方関係のない異形の存在へ身を堕とす事になる……自在に使える人を私は一人しか知らないね」
確かに星華さんなら暴走すら制御できるだろう……彼女は元々異形のようなものだが。
「話を戻すよ、これからの課題は魔物もだけど、今の私みたいに制御出来てる訳じゃない、化け物と化した人間を相手にしないといけないんだ」
「それは、可能ですか」
マーガレットさんの問いに豊さんは頷く、彼女が何を提案するつもりかは知っているが、それを私が言ってはならない、これは星華さんの持つ技術であり、それを託されたのは彼女なのだから。
「うん、ここに星華ちゃんが設計した武器系魔道具の製造法がある……個人に合わせた物よりは質が低いけど、ある程度量産が出来て、誰でも扱え、人数が居れば化け物を相手取る事が出来る筈」
彼女から渡される武器の製造図面は、あの人が作ったものの全てではない、公の世に出すべきではない技術は基本非公開扱いで三国共に使わないようにしなければならない。
「豊さん、具体的な対応策とかあの人残してないの」
「ああうん、あるよ、まずは戦闘能力の最上位層を集めて一時的な異形対策部隊を作る事が望ましいって」
輝夜さんへの答えに私も頷く。
「なるほど確かに、下手な戦力を使って被害をだすより、最初から最大の戦力を当てるのは妥当でしょうね」
相手は軍隊ではないのだ、消耗戦より短期決戦の方が正しいのは間違いないだろう。
「それと、人間の異形化については、数度発生したら公表するようにと」
……発生する前からの公表は異常だが、発生した後も秘匿するのもまた異常という事だろう。
それに公表する内容に関しても、人間が化け物へと変異する事件が発生しているとは言っても、正確な原理までは公表する必要は無い……いや。
「待ってください、公表すれば、普通の人間同士での疑心暗鬼からの精神が暴走して異形化する可能性があります」
「うん……星華ちゃんもそれは避けれないって、でも、魔術的な暴走だとちゃんと説明した上で、暴走しても鎮圧後にはある程度は正常に戻るから、時間はかかるけど騒ぎを収めることは出来るって」
……ある程度の騒ぎは許容したうえで、可能な限り弱く抑える、こうなってはそうするしかないのだろう。
「……まだまだ話し合うことは多くあります、この際国境線や、侵攻に関する問題も終わらせておくべきでしょうし、異形に対する対策もより詰めなければならないでしょう……そこで、少しの休憩を挟みましょう、軽食や、飲み物の補充を持ってきます」
そう言ってマーガレットさんが立ち上がるが、私と輝夜さんはそれに逆らう事はない。
「じゃあ、私も手伝うよ、変なもの入れてないっていう体面上の証明的なのと、純粋な手伝いで」
豊さんも、それに追従するようにして部屋を出た。
そうして残された私と輝夜さんは、暫しの間、何気ない昔話に花を咲かせるのだった。




