224話 逢魔ヶ時5
……進み、刻み、砕き、壊す。
一体どれだけ続ければ終わるのか、それを知る事の能わぬ中、只、刃を振るう。
外では一週間は立ったのだろうか、いや、それ以上かもしれない、終わりの見えぬ闘争の中で時の流れを正確に把握する事は難しい。
だが、……それももうすぐ終わる事だろう、もう、貯えた力の底が尽きかけている。
アザトースが今の所存在している空間からの魔力供給は止まった……これ以上異形の魔力を受け入れたのであれば、恐らく私は完全に神話生物へと変貌を遂げるのであろう。
……それでは駄目だ、だが、ここで止めるにはまだ足りない、結界の破壊の成功率を下げる為には、もっと多くの敵を消さなければ。
「アザトース、扉を開け」
私の言葉に反応して、背後の壁に空間の裂け目が生まれる……そして私はその中に手を突っ込んだ。
「逃げる気か、追え!」
「逃げはしないさ、流石にこんな方法で逃げたら発狂させられるだけだろう」
これで逃げたら詰まらないと判断されるだろう。
「……アザトース、こっちにこい」
その瞬間、私へと向かってきていた天使が衝撃波に吹き飛ばされた。
「酷い扱いだね……原作の設定ならこの世界消し飛んでる所だよ」
「神の存在は人々の意識によって変異する、お前は設定が色々混じりすぎて原作の面影など残って居ないだろう」
「まあ、それもまた道理だね……で、私を呼び出した対価はどうする気かな、私は高いよ?」
そう言って現れたのは、黒い髪の少女……今は大体、豊と同じ程度の年齢の姿をしているこの世ならざる存在、邪神アザトースであった。
彼女は周囲を見回しながら、冷酷さと愉悦の入り混じった表情をしている。
「そうだね……私が元居た世界の私のパソコンに、私が書いたTRPGの台本が百くらい入ってるから、全部持って行っていいよ」
「なるほど、数年は遊べそうだね、良いよ、それで満足してあげるとしようか……それで何をすればいいのかな?」
「共闘」
私の言葉にアザトースは面白そうに笑った。
「へぇ、私に殲滅を頼むかと思ったけど違うんだ」
「ああ、今のお前の技量はどの程度だ」
「そうだね、本体出すならここにいる程度の相手はそれだけで死ぬけど、この体のままだと制限が多いし……まあ、今のアンタと同等かな」
「最強の邪神にしては弱いな」
そう言うと彼女は顔をしかめる。
「……人類の頂点……と言うか高位の闘神と同等なんだよ、アンタ」
「まあ、精神汚染が本領だからその姿だけで、その戦力なら十分だろう」
天使に向き直ると、上位の存在は普通だが、下位の者は明らかに狼狽しているのが分かる。
「何かしたのか」
私がアザトースに目を向けると、呆れたように見返される。
「私がこの世界に送ったアンタ達は、緩い眷属枠になってるから平気だけど、一応この姿でも精神汚染は出来るからね……本気を出せば、アンタ達も心が消し飛ぶと思うけど」
「そうか、ではそうしてくれ」
「……え」
……邪神にこいつ正気かって目で見られた。
「なにを不思議がっている、その位やってくれて構わないと言ったのだが」
「いや、アンタ死ぬよ」
「まあ、私には方法があるからな」
そう言って私は匕首以外の武器を外してアザトースに放る。
「私の部屋にでも送っておいてくれ」
そう言い放つと匕首を天使へと向けた。
……確かに私は限界だ、だが、それは人間としての限界だ、そして私にはそれ以上の力を引き出す方法がある。
……異形の力の顕現、妖魔に近い人間から、人間に近い妖魔への変異、僅かな差だが、その差は大きい。
完全に陰の存在へと変わる事により、今まで引き出し切れていなかった妖の力が表にでる、そして何より、精神に作用するものにほぼ完璧な抵抗を得る……昔はこの力に窮地を救われた事もある。
「私に流れる鬼の血よ、目覚めよ、陰も陽も我が手の内に」
魔力が私を変異させる、肉体自体の変異は殆ど無い、恐らく大きく変わりようが無いのだろう……私の纏う衣はかつて姐さんの下で働いていたような、黒地に白糸で雨粒、金糸で柳と一つの傘の意匠が施された着物へと変異している……そして匕首は魔力に呼応するように緋色の輝きを纏って居る。
……僅かな肉体の変化と言える、腰まで伸びた黒髪に手を伸ばし、首の後ろ辺りで一つに纏めて魔力の紐で結んでおく……自分では見えないが瞳も紅に染まっているらしい。
「見た目が変わった……だけじゃないみたいだね、明らかに強くなっている」
アザトースの表情は明らかに異常な化け物を見た時の反応だった。
「筋力などはさして上がっていないよ、ただ、裸以上に動きやすいから、体が思いに付いて来るようになったって言えば、よくある表現的に分かりやすいかな」
「まあ、いいや、じゃあこっちもちょっと遊んであげるとしようか」
そういったアザトースの周囲に、水晶で作られた無数の多面体が浮かぶ……その面には金で数字が記されている。
「……TRPGの話をしたとはいえ、まさか賽を武器にするとはね、物凄い魔力が込めてあるし」
「サイコロには人間たちの欲望とか色々が詰まっているんだよ、私達異端の神には使いやすい力だしね
」
そうして彼女自身も床から三尺ほど浮かび上がり、臨戦態勢に入る。
「まあ、私も大概なものか、では始めよう」
そして、これまで以上に激しい戦闘が始まった。




