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星の煌めきしダンジョンで  作者: 酒吞童児
13章 天軍を統べる者
227/292

221話 宵3

 ……あれから一週間が経過した。

 私は国へ戻ると救世の英雄として迎え入れられ、人々を守り導く立場へと押し上げられた。

 天使の支配下で有利な立場に立つ密約を結んでいた者などは敵対したが、天使の助力を失ってはただ大きな声で叫ぶ以上の事は出来はしなかった。

 ……だが、それでも国は大きく荒れた……盲目的に信じていた正義に裏切られ、己を大雨から守ってくれる傘を失った人々は、()()()の様に己の意志で大雨に立ち向かう事も出来ず、己が縋りつける新たな傘を求め始めた。


 ……そして四日目には完全に国は崩壊していた……新たな救いを説く宣教師、旧世界の多神教を信仰する派閥、そして他者を生贄にしてでも自分だけは助かろうとする者達……人は得た自由を使い、考えを自分以外に委ねようと信仰を求め続けていた。

 私も己のやり方で救いを説くべきだったのだろう……だが、出来なかった、そうして欺瞞を積み上げた先に待つものを経験していたが故に……私は明日を恐れて今を救えなかった。

 …………だが、その状況も変わり、今は何とか人々が協力を始めていた……人々が変わったのではなく、そうせねばならなくなったが故に。

 ……今まで脅威では無かった筈の魔物が急に増加、活性化を始めたのだ。


とよさん、なにか解りましたか」

 とりあえず防衛だけなら、今の所は問題がないので、最近の彼女は、あの人が遺した本を読んでほんの断片でも何かを掴もうとしている。

「うん、なんとなくだけど分かったような気はする」

「なんでも構いません、少なくとも理由を付けられれば、民へと公表して不安を鎮める事も出来ます」

 ……しっかり理解した大きな脅威より、正体不明な小さな脅威を人は恐れる、何らかの説明があれば、不満を向ける先にもなる……その捌け口が同法では問題だが、今回はどうせ天使だ。

「うん、そうなんだけどね……」

 彼女の歯切れの悪さの理由は簡単だ、文章の内容があまりにも難解すぎるのだ、そもそもが複雑な魔導理論や工学、宗教学の理論を前提としている上、哲学と神秘学が入り混じったような内容である以上、あの人の分かりやすい解説があった上で理解が困難なのだから。


「まず前提として、星華せいかちゃんは、この状況を予見してたね」

「……そうでしょうね」

 そうでなければ、この状況の解説など作れない筈だ。

「その理由は天使が居なくなった事なんだけど……その解説が二種類あるね……難しい方と簡単な方どっちから聞きたいかな」

「……難しいほうからでお願いします」

 どうせ理解が及ばないだろうから、そちらを先に聞いておく。

「何とか噛み砕いて説明してみるよ……今までは天使が沢山こっちの世界に来ていたから、世界の陰陽の力の比率が陽の側に大きく偏っていたんだけど、それが天使が一気にこの世界に影響を及ぼせなくなった……というか陽の力が結界の中だけにしか作用出来なくなって、それで今まで陽に偏っていた分、天秤が勢い良く戻る反動で陰の気が相対的に強まった為に魔物が活性化するだろうって」

「……要は天使が居なくなって、陽の気が減った結果、相対的に陰の気の割合が増えて魔物が増えたと」

「多分そうだと思う……だけど、良い点もあって、陽の気が強いほうが、天秤を釣り合わせるために陰の気が強くなりやすく、陽の気が減れば陰の気も一時的に強くなるが、長期的に見れば落ち着くはずだって」

 光が強い程影は濃くなると言うが、要はそう言う事だろう。

「……暫く耐えれば楽にはなると」

「ただ、その程度の期間で落ち着くかは分からなくて……それでも最低数年から、長くて百年位かけてゆっくりと落ち着くだろうって」

「……長すぎる」

「うん、流石にそれを公表したら暴徒化するね」

 せめて十年位で落ち着いてくれるなら、まだ諦めも付くのだろうが、最悪百年かかるとなると希望も費えるだろう。


「……もう一つ、簡単な方をお願いします」

 とりあえずの重い課題は置いておいて、次に行く。

「こっちは簡単だよ、天使だって無人の荒野を支配したい訳じゃないから、魔物の増加を抑えたり、勢力を削ったりしていた筈だって書いてある」

 ……簡単ではあった、そう、簡単ではあった。

「それはつまり……」

「……うん、星華ちゃんが余計な事したって言われたら、何も言い返せないね」

 これは真実であったとしても公表できる内容ではない、流石にここで公表するべきだ、などと甘い理想論を語れるほどの正義感を私は持っていない。


「……うん、一旦原因は置いておいて、それなりに収穫もあったよ」

 そういって彼女は本を何冊か取り出す、私はその拍子を見て思わず読み上げる。

「魔道具学……」

「星華ちゃんが作った魔道具の中でそれなりに安全なものが纏めてある、魔導術式に製法、その理論まで完璧に書いてあるから、写しを作れば魔法の武器を量産できる」

 技術を秘匿するのではなく、理論を纏め、誰にでも使えるようにする……彼女がそうであってくれたが故の物だ。

「貴女のその脇差のような武器ですか……」

 豊さんが持つそれは切り口を凍結させ、回復を防ぎ、その冷気で僅かな傷でも激痛が走る代物だ……流血しない分やりすぎても死ににくいが、無力化はしやすい上、異常な再生能力を抑え込める便利な武器だ……冷気を放たないようにすることで普通に流血を狙ったり、刃に鋸状に氷を纏わせて対象を抉るように引き裂くことも出来る恐ろしい武器でもあるが。

「あ~これはその本には載ってない、他の本には書いてあるけど、私用に調整したものだから、基礎的な術式を改造しないと他の人には使えないんじゃないかな」

「まあ、貴女が使う前提でしょうから、貴女だけが真価を発揮できるようにするでしょうね」

 最愛の人に渡すのだからそれは当然なことだ。

「解りました、要はある程度の廉価版で性能はそこそこな代わりに、大抵の人が扱える代物ですね」

 正直危険なものでもある……銃器が規制されるのは、刀剣などと違い、例え老人や子供でも、容易く人を殺せる事が暗黙の理由であるが、下手するとそれに準じる危険性があるものだ……それでも、人々が自分の身を守れるようにすることは大切なことだ。



「……豊さん、少し休息を取りましょう……あの人は一週間たって尚戦い続けているようですが、私達のような凡人にそんな真似は出来ません」

「うん、正直星華ちゃんに関しては心配してない、死なないって()()してくれたから」

「解っています、あの人は全てを掌握できる人ですから、本気にさせた天使の方が気の毒なくらいです」

 とりあえず本を片付けて、お茶を入れ始めると、豊さんが冷蔵庫の魔道具から、ケーキを取り出す……最近では豊さんがお菓子を作っている……星華さんが書いた本の中には菓子作りや料理の教本もあるそうだ……本当に彼女の全知識を書いたのではなかろうか。


 少しの砂糖を紅茶に入れてかき混ぜ、一口飲む、最近は魔物との戦闘は軍に任せ、私は執務ばかりで動いていないので少々体重が心配だが、誘惑には逆らえない。

 そこに切り分けたケーキを皿にのせて持ってきた豊さんが、机にその皿を置き、自分も椅子に座る。

「ねえ……それとまだ問題にはなってないんだけど、そのうち危険なことになるかもしれないから、今これを見せるね」

 そういって彼女は一冊の本を取り出す、その背表紙に題名は無く、黒い皮に金の装飾が施されている。

 彼女はその表紙を開き、一頁目を見せる……私はそこに記された流麗な文字によって作られた意味に暫く動けなかった。

 そして、そこには、こう書かれていた「天使の加護の喪失による()()()()()()()()()に関する考察と警告」と。

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