220話 逢魔ヶ時3
天使を足止めさせていた人形の最後の一体が倒れ、少しの沈黙の後、轟音が響く。
……扉を開いたのだろう、恐らくはそれなりに強引な方法で。
そして天使は、私の計画通りに、複数に分かれて私を探し始める……それでいい、私を無視して結界の破壊を始めるのが私にとって最も危険だった、だからこそあれ程に煽り立てたのだが。
「……では、行こうか」
手にしたのは匕首だ、最も使い慣れている以上、これが中心になるのは当然の事だ。
「速まれ」
自身の肉体に術式を重ねる、今必要なのは筋力より速度だ。
私は目を閉じ、嘗ての感覚を思い出す。
……そして使う、今度は錆び付いた自分を研ぎ澄ますための術式を。
「黄昏の在処を示せ」
全身に魔力が満ちる、これで少しは様になろうと言うものだ。
「狩りの時間だ」
一人で、一方的に宣言して走り出す。
……体が軽い、大したことの無い戦いばかりで錆び付き、鈍ってはいるが、それは殺しの中で磨きなおすだけだ。
走り抜け、刻む、人間どころか生物としてあり得る速度を超越し、鎌鼬の如く切り刻みながら駆け抜ける、無数の術式の罠に足止めされていた敵は、心構えの間さえなく切り捨てられる……生死の確認はしない、どうせ動けないのだから。
一つの集団を瞬く間に殲滅して、次へと走り続ける、必要ならば壁を走り、速度を殺さないように走り続ける……そしてまた一つの集団を切り刻む。
……天使は視覚情報などを共有できる、だが、通常ならば優位に立てる筈のその能力は、私の前には無力でしかなかった、寧ろ、恐怖を増長させる悪夢であった。
十数個の集団を殲滅してようやく私は足を止める、いや、止めざるを得なかった。
「……鈍ったものだ」
それなりに運動はしていたが、死線を踏み越える事は少なかった影響だろう、少し呼吸が乱れた……姐さんの下で敵を薙ぎ倒していたあの日の剣の冴えにも陰りがある……全ては殺せなかった、戦闘の継続は不能だろうが、明らかに刃の入りが甘い箇所が複数あった。
息を整え、匕首を鞘に納めて双剣を抜く、軽い分威力は低くなるが、速度による鋭さは増す……結局所持している以上、身に着けた重さは同じだが、速度に任せた斬撃に重量のある匕首では、今の私では使いこなせはしない。
「完璧には程遠いが、嘗てのモノにだけ頼る事もあるまい」
嘗てより魔に近づいたのだ、それだけの事はできよう。
「闇を駆ける力を」
己の血に宿る力を励起し、再び走り出す。
超常の力を宿した私は黒い霧状の魔力を纏い、闇と半分同化しながら先ほどの様に狩りを行う、闇は私の周囲の燭台をかき消し、そして闇が深まる。
闇は認識を惑わせる、私の存在に気付くことも出来ずに相手は切り捨てられ、次の瞬間には私の姿は無く、暫く残留する黒い霧だけがそこに残った。
「もう十分か」
私は最初の聖堂へと戻っていた。
所詮この程度では天使にとっては大した痛手ではない、私の捜索を実際に行うのは階級の低いものでしかないのだから。
「夜神星華よ、もう時間稼ぎは止めるのか」
天使長の言葉に私は笑って見せる。
「そうではない、十分なのは荒砥だ……ここからは上位者を相手に仕上げるとしよう」
静かに双剣を収め、再び匕首を抜く……そして私の為だけに調整した術式を起動する。
「さあ、本当の逢魔ヶ時だ」




