210話 天軍を統べる者22
私が居た影響もあってか、警戒していた狼の群れに襲われる事もなく、二日後、無事に私のダンジョンまで到着した。
……行軍速度が思ったよりも遅いが、あまり無理を出来る状況でもないので、これは仕方のない事だろう。
流石に私のダンジョンの内部に兵士達を入れるのは、安全性の面で問題だろうし、そもそも収容できる人数ではないから、ダンジョンである洞窟の入り口の周辺に簡単な野営地を置き、そこで暫くの休養を行う事を決定した……私のダンジョンの内容が知られて危ないと言うより、私の個人的な収集物や、作成した魔道具など、下手に触ると危険なものが多いだけなのだが。
「星華ちゃん、一応野営の準備は出来たよ」
「了解、狼のコロの群れに見張りを任せているから、豊は休憩と、天音の精神面の面倒を見て欲しい……私には出来ないからね」
「星華さん、私は大丈夫ですから、心配は要りません」
「なんだ、聞いていたのか、そういうのなら信用するが、休息は必要だ」
「解っています」
自分は大丈夫だと言い張る相手に何を言っても無意味であることは了解しているので、私は諦めて食事の用意を行う……アリーに頼んで獲って来ておいて貰った、鹿の肉があるので、それを料理することにする。
そもそも鹿肉は、数日熟成させる事無く、そのまま焼くと味は美味しいのだが、ゴムかと思う程の噛み応えがある。切り方次第で多少マシになるとはいえ、私ならともかく常人に振舞うものでは無い。
そんな訳で簡単なシチューを作ることにする。
全員に振舞える鍋を持っていないので、ダンジョンのショップ機能を使って、インテリアの欄から、魔女が使うような大釜を入手する。
作り方は簡単で、比較的柔らかい部位の肉を細かく切って、水を入れてない大釜を火にかけ、油を引いて塩胡椒で炒める、火が通ったら豊が育てた、人参、玉葱、ジャガイモ、トマト、ニンニク、エシャロットを刻んで投入し、少し炒めたら水を注いで煮込み、塩と胡椒で味を調える。
熱いのを我慢して少し飲んでみる……野菜の味がしっかり出ていて中々美味だな、調味料や食材に制限がある事を考慮に入れれば、まあ良い出来だろう。
「豊、味はどう?」
「星華ちゃん、美味しいよ」
「それならよかった」
全員に振舞い、私達も一緒に食べる。
「貴女は……多才ですね」
天音の言葉に、私は苦笑する。
「私は決して多才なんかじゃないさ……ただ、腕の良い料理人の調理風景を見たことがあるだけだよ」
見たものを完璧に記憶する私にとって、他人を真似することは容易い、完璧に同じ条件でなくても、コツを見抜けば、たいていの事は出来る……私自身の才など、ただ一つだけだ。
食事の片付けが終わり、三人で休んで居た所に、アリーがお茶を持ってくる。
「ありがとう……アリー、私の部屋から黒い木製の箱を持ってきてくれないか?」
私の言葉に彼女は一つ頷いて、ダンジョンの奥へと姿を消し、一つのアタッシュケースを抱えて、直ぐに戻ってくる。
「アリー、ありがとう……またしばらくダンジョンを開けるけど、その間頼むよ」
彼女は再び頷き、兵士達の世話をするために姿を消す。
「……それは黒檀ですか?」
「まあね、と言っても、そこまで高価な物でもないけどね」
そう言って私は、ダイヤル錠を解除し、蓋を持ちあげる……そしてその中身を見た二人は暫し絶句する。
「銃と刀……」
そこに収められていたのは、二丁の拳銃と、二振りの小太刀、そして一着の漆黒のロングコートである……封印してはいたものの、手入れだけは行っていたので、直ぐにでも武器として使える状況だ。
「出来れば、こいつらは封印しておきたかったんだけど……まあ、もし戦いになったら、天使も今度は本当の力を使ってくるだろうから、私も全力で相手するべきだろう」
可能であるならば、こんなものは使いたくなかった……これは私の匕首やその他の武器とは、全く違う意味を持っているのだから。
「星華ちゃんがこんなの持ってる所見た事無いよ」
「……そうだろうね、これは私の仕事衣装だからね」
その言葉に天音が反応する。
「貴女が……かつて巨大な花街で用心棒をしていることは知っていましたが、まさか……」
「ああ、それは表での仕事だ、私の裏の仕事……それは殺し屋だ」
……その勢力は国すらも抑えると言われる程、巨大な力を持った組織、その中心となる花街は通常想像される娼館や芸者屋だけでなく、多くの飲食店や呉服屋、薬種屋や医者、等々多くの施設があり、一つの国と揶揄されるほどであった……それほどであればこそ、多くの敵も居るし、犯罪も起こる、それを阻止する用心棒の一人として、普段の私は働いていた……だが、それだけでは対処できない問題が起きた時、私はこいつらの力を使う必要があった。
「……とはいえ、私は権力に物を言わせて女を我が物にするような屑か、我々の仲間を傷付けた者くらいにしか使いはしなかったけどね」
多くの護衛を付けた相手を獲物にする場合もある、決して簡単ではないが、どんなものも不可能では無かった。
「だけど、今回はこれを使う……奴らはそれに値することをしたのだから」
味方に刃を向ける……それは裏切りであり罰を受けるべき行為だ……それを正義を為すべき天使がしたのだ、もはや正当性のある正義は無い、だからこそ、魔がそれを執行するのだ。
「……久しぶりに逢魔ヶ時が訪れる」
「星華ちゃん、それは?」
「暗殺者が本名を出す訳にもいかないからね、異名というか、通り名で呼ばれる事が多いんだ……誰が言い出したか知らないけど、私は黄昏時の魔物って言われてた……一切痕跡を残さず、ただ無数の死体だけが現場に残る状況を、神出鬼没の魔物に襲われたようだと表現したらしい……私自身が名乗る時は、端的に黄昏とだけ言っていたけどね」
有名であればあるほど、その名前だけで抑止力となり、力を発揮する、だからこそ敢えて通り名を示し、その実力を示していたのだ。
「それで、逢魔ヶ時ってのは?」
「逢魔ヶ時ってのは文字通り、魔に出会う時間の事だね、言葉の意味としては黄昏と同じだけどね……まあ、私が黄昏の魔物なら、それが暴れるのは逢魔ヶ時と言う訳だ」
正直、中二病臭いが、案外気に入っている……私の実力が認められた証であるし、力の証明でもあり、誇りでもある。
「それでその武器は、どのようなものなのですか?」
天音にそう言われて、私は一対の小太刀を手に取る。
「二振りの小太刀は左右のバランスを完璧に調整して作られた双剣だね、人を数人切ると、通常の刀なら切れ味が鈍って、叩きつけるような攻撃しかできなくなるものだけど、これは百人程度ではまず鈍ることがない一品だ、軽く、頑丈で、側面に彫られた流線形の溝が血で切れ味が鈍るのを抑えてくれる……高い継戦能力を持つ近接武器と言えるね」
小太刀を箱に戻して、次に、二丁の拳銃を手に取る。
「この銃だけど……一応種類としては、コルト・シングルアクション・アーミーという銃だね、よく西部劇に出てくる銃で、ピースメーカーって言えば聞き覚えがあってもおかしくないかな」
「聞き覚えがありますね……右手で構えて左手でハンマーを連打してるイメージがあります」
「ああ、ファニングだね……まあ、この銃だと出来ないけど」
本来なら出来るのだけど、私が使ってるこれは色々とおかしい代物だからね。
「相当改造されてるからね……第一にダブルアクション方式に改装してある時点で、名前に矛盾してるし……まあ、基本的には、安定性を高めて取り回しを良くして、多少乱暴に扱っても耐えるように改造してあるね、それと光を反射したりしないように金属部分は黒い塗装をしてあるくらいか…………この世界に来てから、転移術を簡易化した、転送術式を組み込んで、戦闘時には給弾、排熱、排莢を勝手に行うようにしてあるから、とんでもない性能になってるけどね」
給弾の隙なく、ほぼ無限に撃ち続ける事が出来るリボルバーという、ゲームの隠し武器のような性能になっている。
余談だが、この銃を選んだ理由は、趣味と言うのもあるが、基本的にはそれなりに扱いやすく、仕組みが複雑化していない時代の銃なので、手入れが簡単で尚且つ故障が少ないというのがある、勿論趣味でもある……だってかっこいいんだもん。
念の為、弾が入っていない事を確認したうえで、箱に戻し、最後の黒のロングコートを取り出す。
「これに関してはあまり言う事無いね、闇に溶け込むように作られた素材で作られたコートだね、ロングコートなのはピースメーカーと小太刀を隠す為で、裏には銃弾を仕込んで持ち運べるようになっていたんだけど、その機能は必要なくなったから、機動力優先で外してあるね……あと、かなり防御力が高くて、ナイフ程度なら刺さりもしない程度には強いから重宝するよ」
私の説明を聞き終えた天音が、一つ質問をしてくる。
「貴女は、この武器で正義を為すつもりですか?」
その言葉を私は一笑に付す。
「私は決してまともな正義などではない……だけどね、この世には必要悪と言うものがある、そして漆黒の正義が求められる時というのは往々にしてあるんだ」
優しさでは何も変わらない、理想では救えない、綺麗事では裁けない、そんな事は珍しい事ではない。
「私は鬼と人の間に生まれた、世界の理から外れた魔物だ……だからこそできる事がある」
……私は戦い続ける、それこそが私の持つ唯一最大の才能なのだから。
「……今は休もう、体力を回復しておく必要があるからね」
「解りました」
「星華ちゃん、私は?」
「……豊、済まない、今日は一人で休ませてほしい」
「うん、分かった」
豊に軽く口付けして、一人、私室のベットに転がる……そしてゆっくりと意識が闇に吸い込まれていった。




