208話 天軍を統べる者20
「……さあ、始めようか」
少しして日が没し、月明かりと篝火の照らす中、橘花に向けていた匕首の刃を下に下ろす。
そのまま目を伏せた瞬間、鋭い風切り音が迫る……狙いは首元、愚直ではあるが有効な一撃だ。
半歩身を引いて、刃をやり過ごし、橘花の顔を眺める……相手の手元に気を取られてはいけない、見るべきは相手の全体、そして周囲の空間だ。
「いくよ」
地面に下げていた匕首を、そのまま上へと跳ね上げる。橘花は素早く刀で受け止めるが、私の刃は刀の上を滑り、手元へと流れていく。
橘花は大きく後ろに下がり、刀を握りなおす。
私は再び匕首を下げ、その様子を静かに眺める。
「……攻めて来ないのですか?」
「……それが望みなら」
素早く踏み込み、横へと薙ぎ払う……そしてそれを途中で止め、突きへと変える。橘花は身を捻ってその突きを躱そうとする。
「甘いな」
匕首を両手で左半身側に引き戻す勢いを使い、右回し蹴りを胴に打ち込む……そして距離を取って、動きを待つ。
橘花は左手で打たれた部分を抑え、右手では地面に突き立てた刀を支えにして片膝をつく。
「星華さん……」
「…………」
私は動かない、暫くの沈黙の後、橘花は諦めたように口を開いた。
「私の負けです」
「ああ、奇襲を見破られて尚試合を続ける事もない」
最後、私が近づいていたりしたら、攻撃されていただろう、彼女にはそれを出来る技量がある、そう分かって居れば、いなせない事もないが危険な事をわざわざすることもあるまい、
「何故分かったんですか?」
「気配だ、それと右手が素早く動かせるようになっていたからな」
立ち上がった橘花と握手する。
「少し話そう、人の居ないところで」
試合を行った場所から少し離れた人気のない所の長椅子に、二人で並んで座る。
「……済まない事をしたな」
「何がですか?」
訪ねる橘花に肩をすくめる。
「君に戦い方を教えた事、そして武器を渡したことだ……君は私とは違う、こんな事をするべき人じゃないんだ」
「私の何が悪かったんでしょうか?」
「悪いのは君じゃないよ、君は……こういう言い方は好まないが、善人なんだ 」
先ほどの試合でも、急所を狙ってはいたが、踏み込みは浅く、動かずとも当たらないような攻撃だった。
……彼女は人殺しを楽しめるようになるほど非道ではないし、割り切れる程愚かでもない、ただ優しいだけだ。
「君は優しい、私は人では無いからこそ敵をただの獲物だと認識できるが、君は違う……そんな君に血塗られた道具を渡してしまったのは、私の過ちと言えるだろうね」
「私は……家族の命と他人の命なら、家族を選びます、それを守れる力を貰ったんです、苦しみはあっても、後悔はありません」
……彼女の言葉に目を逸らす、責めて欲しいと考えるのは甘えだったか。
しばらくの後、私は徐に立ち上がる。
「皆の所に戻らなければな……君の人生が私と違って普通である事を祈っているよ」




