番外編 行く年来る年
私達が進軍を開始する少し前の事、豊と天音と一緒に、私の焼いたパイを食べていると、いきなり部屋の中に破裂音が響き渡った。
「やっほー……ってちょっとたんま! 止まって!」
「何の用だ、怨みでもあるのか?」
急に現れたアザトースの手には使用済みのクラッカーが握られている、先ほどの破裂音はこれのせいだろう。
「怨みでもって……こっちのセリフだよ」
「悪かったけど……いきなり眼球抉りに来るのはどうかと思うんだけどなー」
「獣相手にそんなものを使うのは得策とはいえんな」
「あんたは人間でしょうが!」
「鬼だ、それに、人間も猫や狐と同じ獣だろう?」
そう言って、アザトースの眼の目前で止めていた右の親指をそっと離す。
「それで、何の用?」
「年末だよー」
「前回の蕎麦パーティーから半年も過ぎてないと思うのだがな」
呆れて呟くと、アザトースは何時ものようににやにやと笑いだす。
「こっちではそうでも、何時か何処かの遠い次元では、今が年末なんだよねー」
「……ああそう、まあいいよ……で、何やるの?」
私がそういうと、アザトースは、待ってましたと言わんばかりに、空間から何かを取り出した。
そこそこの重量感を感じさせる音と共に、机に置かれたそれを見て、私は半眼になる。
「星華ちゃん……これ、蒸籠……だよね」
「そうだね、十人前はありそうだけど」
「なんという無駄な事を……」
呆れる私たちを尻目にアザトースは得意げだ。
「ちゃんと茹でてあるから安心していいよ、つゆも色々作って来たからね」
「うん……まあ、食べようか」
「そうだね」
三人と一柱で蕎麦を啜る異様な光景が、しばし沈黙と共に流された後、私が口を開く。
「で、なんで、今回はこんなに、こじんまりしてるの?」
「いやー、ぶっちゃけこの前やったばかりだし、それに結構人数へったからね~、学校でやっても活気でないんだよ」
「……ああそう」
「……一部はあんたが消したんだよね、まあいいけど」
「それについては必要だった」
「うんうん解ってる、一応そば手作りなんだけどどう?」
アザトースの問いに、豊の方を見ると、彼女は直ぐにうなづく。
「うん、おいしいよ」
「私は邪神だけど、結構うれしいもんだね、褒められるってのは」
「……そうだな」
ゆっくりと窓の外を眺める……前回の年末会の時より、随分と冷えてきたものだ、前の時より、格段に年末らしい気温だろう。
そっと豊と天音の頭を撫でると、豊は嬉しそうに目を細め、天音は少々気が引けているようで、それでも嬉しそうにしている。
……私たちにとっては、特に何でもない日であるが、それでも気持ちを入れ替え、これからもゆっくりと生きていこうか。




