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星の煌めきしダンジョンで  作者: 酒吞童児
13章 天軍を統べる者
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192話 天軍を統べる者4

 嫌がらせの為か、建物の隅にある、入り口から最も遠い位置に用意された彼女の部屋にたどり着き、戸を叩く。

 少し間が開いたのち、返事が返ってきた。


「……天音あまねか、入ったらいいよ」


 名乗っていないどころか、声すら出していないのにも関わらず、彼女は部屋の前に居る私が誰か、理解しているようだ。

 ……恐らく魔術を使ったのでは無いのだろう、この世界に来る前から、彼女はこんな感じの能力を垣間見せていた……それも、私の予想が正しければ説明が付く……のだろうか。


「入らないのか……もしかして人違いか?」

「いえ、失礼します」


 重量のある扉を押し開けて中に入ると、彼女は机に向かって何かを書き記している。遠目ではあるが、かなり細かい文字が紙にびっしりと書き込まれているようだ。


「それで、何の用?」


 手を止めず、そして振り返りもせずに彼女は問う、その単純な問いに、私はしばし答えられず、間が開いた。


星華せいかさん、貴女の事について、豊さんに聞きました」


 彼女の手が止まった、しばしの静寂の後、彼女は溜息を吐くと、持っていた羽ペンを模した金属の彫金細工のペンを、インク瓶の横のペン立てに置き、こちらを向く。

 彼女の整った美しい顔は、僅かに物憂げな表情によって損なわれることは無く、ただ、心に響くような底冷えする何かを感じさせる。




「……私の()()に気付いたようだな……豊にも話してはいないのだが、まあ、あの子は感が鋭いし、基本的に私と過ごしているからな、優秀な天音が豊に聞けば気付くのも無理は無い……か」

「私は医学科志望でしたから……多くの文献を読み、知識は得ているつもりです」

「それでも、天音が優秀な事に変わりはないさ……それが良い事かは、知らないけど」


 彼女は症状と言った、それはつまり何らかの疾患がある事を現している……彼女が変人と思われる特徴の一つ一つは、さほど珍しいものでは無いが、統合して考えた時、ある疾患の名前が浮かび上がってきた。


「単刀直入に聞きます、星華さん……貴女は、()()()()()()()()ですか?」

「……その通りだ、だが、症候群と言ってくれ、私の生活に()()は無いからな」


 光や音に対する過敏症、絶対的に苦手な食べ物があるという事、そして、彼女にとって特別な相手以外には、基本的に状況に関わらず同じ口調で話す性格…………どれか一つであれば、個性と言われるだけのものだが、全てを重ねていくと、一つの症状が見えてくる。

 だが、それだけでは、説明のつかないことがある、彼女の圧倒的な能力の事だ、アスペルガー症候群には、興味のある分野に対して凄まじい集中力を持つという特徴があるが、彼女の能力はそんなものでは無い。


「……そして貴女はサヴァン症候群ですね……それも天才型の」

「正解だ、まあ、アスペルガー症候群まで出てくれば、これは分かる事だろうけどね」


 一般に超人のイメージがあるサヴァン症候群だが、二種類存在している、有能型と天才型だ……有能型と言うのは本人の基礎能力に対して、何か一つが突出しているという意味であり、常人と比較した場合は平均程度の場合も多い。

 一方、天才型はその突出した能力が、常人を遥かに上回って居る状態を指す……彼女は恐らく、その突出した能力がアスペルガー症候群の見分けやすいとされる特徴をほぼ完全に覆い隠しているのだろう。


「私は一度読めばあらゆる本の内容を覚えれるし、四桁同士の掛け算はおろか、四次方程式であっても暗算で数秒もかからない。それと一度見た光景を完全に記憶する映像記憶能力もある……それにアスペルガー症候群が苦手とする相手の感情を読み取るという行為も、相手の全ての体の動きを論理的に分析することでかなり正確に可能だ」

「……」


 思わず絶句する、予想はしていたが、それを遥かに超える能力を彼女は持っていた、それを彼女は何でもない事のように話している。

 ……私が動けずにいると、彼女はふと、私の眼を見つめてくる。


「……可哀そうと思うか?」

「え……」


 ドキリとする、確かにそんな気持ちもあるのだ。


「私の能力は天性の物だ、最初から私にはそれが出来るのが当たり前なのだよ……仮に、君は私と同じことが出来るか?」

「……できません」

「ふん、哀れだな」


 微笑と共に言われ腹が立つが、そんな気持ちは直ぐに消え去って、ただ、恥ずかしいという感情だけが残る。


「私は……貴女に同じことをしたんですね」

「ああ」


 出来なくて当たり前の事を出来なくて哀れまれる、彼女はある方面において、余りにも優秀であるがために、他の全ての分野でそれと同等を求められ、罵倒を受けてきたのだろう。


「……だが、まあ、私にも出来無い事は多い、知識が無ければ、直感的に場に相応しい話し方など出来ないし……それに第一、サヴァンやアスペルガーが得意とされる芸術方面のセンスは壊滅的過ぎてどうしようもないんだ」

「……いえ、そこまでだと思いますけど」

「模写は得意なんだがな、完全に想像だけで何かを書いたり、アクセサリーのデザインは基本的に微妙だ……第一、着る物に関しても、豊に一任しているくらいには、センスが無い」


 ……基本的に得意とされている分野である以上、勝手に期待されて勝手に失望される事も多かったのだろう。




「……で、私はこれからどうすれば、よろしいでしょうか?」


 佇まいを正し、彼女に向き直るが、彼女は軽く笑って答えた。


「これまで通りでいいさ、ただ、苦手なことに関しては、はっきり言わせてもらうよ…………後、私はある程度は問題ないのだが、行間を読んだりするのは苦手でね、言葉の裏に真実を隠す天使の話し方にはうんざりしているんだ……だから、出来るだけ何を頼みたいのか正確に言ってほしい」

「……解りました」


 もう迷いはない、彼女は彼女だと思えば何も問題は無いのだから。

 顔を上げると、彼女は扉の方を見ていた。


とよ、聞いてるんでしょ、入ってきなさい」


 優しい口調の彼女の言葉に扉がゆっくりと開き、そこには悪戯がバレた子供の様な様子の豊さんが立っていた。

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