190話 天軍を統べる者2
二時間にも渡る長い演説が終わり、教皇の姿をした名状し難い肉塊はズルズルと部屋から出て行った……近くを通った時、耐え難い死臭を感じたが、他の人には気付けないようになっているのか、それとも私の鼻が利きすぎるのかは不明だ。
肝心の話の内容だが、余計な装飾が多く、美辞麗句で飾り立てられた手紙の様であった……要するに比喩などの表現が多くて、まともに語れるものでは無い。
そんな話であったが、要点をまとめると幾つかに分けられる。
一つ、三日後に進軍を開始するからその準備を始めるという事。
二つ、国に残す軍は、全体の二割……要するに全軍の八割が攻め込みに行くという事。
三つ、神はいつも我々と見ているとかいう、何時もの説教。
四つ、何故か知らないけど、防衛線にしか参加しない筈の私も進軍に組み込まれた……多分目の届く場所に置いておきたいのだと思う。
……とまあ、こんな所だが、最初の二つは妥当な判断だろう、完全に準備時間を無くすのは不可能だし、細かい確認も含めれば、軍の規模であれば、そのくらい時間を使う価値はあるだろう……二つ目も、援軍をすぐに呼べない立地である以上、最低限の防衛力を残して動くのは仕方ないだろう、防衛戦は設備がある分有利ではあるし、引き返してくるまで持ちこたえるだけの戦力はあるだろう。
三つめは……まあ、うん、何も言うまい、蠢く肉塊が何を言うとは思うが、あれでも教皇らしいし、ここ宗教国家だし、余計なことを言って人間まで敵に回すとめんどくさい。
四つ目は願ったり叶ったりである、私が豊と連絡を取り合って、遠くから戦場を動かす積もりであったが、これによって戦場を直接眺められるようになった……天使長の眼を使えば、天使の視界を覗いて戦況の確認はできるが、やはり、直接見るのとでは臨場感が違うため、指示を誤る可能性があった……まあ、私の判断が絶対に正しいなどという、根拠のない自信は無いが、それでも出来る限り考えるとしよう。
天音は豊に話しがあるとのことで、大広間に残し、私は一人部屋に戻る。
……その途中ですれ違う人々は私の姿を見るなり、端により、道を開け、首を垂れる……これが尊敬や敬意ではなく、畏怖や畏敬から出た行動であることは分かって居る……そして私がこれから進む道が、これ以上の畏怖を生み出す覇道であることも。
だが、それがどうしたというのだ、今までもそうだった、人々は私を恐れ、震え、鬼と呼んで敬い、この力に縋ろうとした。
だけど、豊と、かつて私が働いていた花街を支配する姐さんは違った、豊は私を恐れることなく私に寄り添い、姐さんは単純に面白がって、偽りなく私を心から友と呼んだ。
残念ながら、元の世界に戻る方法が無いため、姐さんに恩を返せないが、あの人ならきっと、その分の恩を豊に返せとでも言って笑うのだろう。
だからこそ、私は止まる積もりはない、私に心の置き場をくれたあの子の為に、この呪われた力を使うだけだ。