177話 黒い翼13
「ですから、今すぐに戦いの準備を行うべきです」
「天音よ、貴女のしたことは越権行為です、分かって居るのですか」
「そんな事は分かって居ますが、今はそのような事を言う時ではない筈です!」
敵の接近を予見して戦いの準備を促す天音だが、天使たちはそれについては一切触れず、その越権行為の咎を責めるばかりである。
どれほど脅威を訴えたとしても、天使が天音の言葉を聞くことは無い、そもそも、天音に権限を与える事すら渋ったのだ……いつも自分たちが使う手法である、嘘を吐かずに相手を出し抜く戦術をものの見事に返されたのだから仕方ないとはいえるが。
「……天音、その必要は無いよ」
「星華さん、それはどういうことです?」
転移するなり、言葉を放つが、天音は直ぐに対応してくる。
「迫る敵は排除した……それに、天音に僅かでも非があれば、天使は動くことは無いだろうしな」
「夜神星華よ、転移に使う魔力が足りず、天音を一人返したのではなかったのか……我らを謀るとはな」
「はは、謀ってなど居ないさ、それに嘘もついていないよ……ただ、二人を運びながら転移を繰り返して、全ての敵部隊を撃退するには、魔力が足りなかったからね」
うん、嘘はついていないね、少々誤解を招く言い回しだったことは認めるが、故意に騙したわけじゃない、勝手に勘違いしたのだ……第一、往復の二回程度の転移ならば、五人は平気で運べるからね……それ以上は術式の精度的に、不安定になりかねないのでしないけど。
「……敵を撃退したといったな、指示を待たずに行ったとなると、それは越権行為として裁かれなければなるまい」
「逃げたな……まあいい、越権だと? 知らんな、私は契約通りに、この国を防衛しただけだ……それに、どんな罰を与える気だ、転移を使える私を閉じ込めうる牢獄など、ある筈はないし、豊に、これ以上手を出したら、契約をこれ以上、守る気にはならんな」
そもそも、今、天界の勢力は弱体化している、そんな中で私の勢力は最重要なはずだ、それを、ちらつかせれば諦めざるをえないだろう。
「……まあ、今回ばかりは許しましょう、ですが、今後は気をつけなさい、神は貴女の事をいつも見ているのですから」
「それでは、ただの覗き魔ではないか、せめて、私室で休息をとっている時ぐらいは見ないでほしいのだがな」
「我らが神は、貴方方の営みなど興味ありません、ただ、見守るだけです」
「見ているだけで、人の窮地を救いはしないのだな」
「人は罪を犯したのです、それを許されるまでは、神は人に試練を課すのです」
「試練を次々と与え、終わることの無い試練で人を押しつぶすというのだな」
「……勘違いするではない、人が真に試練の意味に気付き、それを受け入れたとき、神は人の罪を許されるであろう」
「ああ、そうか、試練という名の苦痛も、痛みも、悲しみすらも全て神の娯楽に過ぎないという事に気付き、それを黙って受け入れればいいというのだな」
私の盛大な皮肉に、周囲の天使たちが敵意をぶつけてくる……それを殺気で押しつぶし、笑って見せる。
「私から見れば、神のやることなど子供の遊びと同じだ……思うままに作り出し、乱暴に振り回しては気に入らなかったら叩き潰す」
「神には崇高なる意思があられる、只人にそれが理解できるなどとはおこがましい」
「私はただ主観的に見たままの事を言っただけさ、理解しようなどとは思っていない」
敵意と怒りに満ちた空間に耐え兼ね、天音が口を挟む。
「要件は終わりでしょう、星華さん、罰については、上官である私から与えます……一度自室にお戻りください」
「……了解、では」
天使に呼び止められる前にさっさと広間を出て部屋に戻る。
……天音には文句を言われるだろうが問題ない、天音は理解してくれているし、罰も形式上の物だろう。
さて……僅かではあるがクトゥグアの力も手に入れた、それでは次の獲物を狩るための方法を考えるとしようか。