176話 黒い翼12
「やあ、空、そして紅蓮……久しぶり、だったかな」
「…………」
二人は私を認識するなり、空は仕込み武器のガントレットを着けた右腕を構え、紅蓮は威圧感のある戦斧を片手で肩に担ぐように構える。
「すまない、色々あったせいで、最後に会ったのが随分昔に思えるんだ……」
敵対行動を向けられてなお、私は軽い調子で相手取る。
……紅蓮はともかく、空の目的は分かって居る、それを分かってなお、この態度の私を空は睨みつける。
「星華……ワシの目的は分かっとる筈や」
「……目的、か」
「天音を殺す」
……だろうな、空には動機があるし、私はそれを責めることは出来ない……私だってこの世界に来る前から、多くの人間を殺してきたのだから。
「……星華、文句は言わないよな」
「ああ、ただ…………君にとっては残念なことに、それをされると、豊が悲しむんだ」
そういって匕首を抜刀し、切っ先を空と紅蓮に向ける。
「紅蓮、お前も空に協力するのだな?」
「ああ、お前には悪いがな」
「……別にいい、ただ、私は人を止める方法は一つしか知らなくてな、加減できるとは思えん……本気でこい」
素早く足を踏み出し、匕首を突き出す……空はそれを躱してガントレットの指に仕込まれた刃を突き刺そうとするが、それを空いた左手で受け、その体を投げ飛ばし、私のすきを付いて迫る紅蓮の戦斧を匕首で受け止め、流し、蹴りを入れる。
背後から飛んできた火炎球を切り捨て、体制を立て直した空に迫り、鳩尾にこぶしを打ち込む。
再び迫ってきた紅蓮の戦斧を躱して、隠し持っていたナイフを投げつけ、同時に突撃する……紅蓮がナイフを打ち落とした隙に、掌を背中に押し当て、暴食の力でその魔力を奪い取る。
「……暴食か!」
当然すぐに気付かれ、飛んできた回し蹴りを受け止め、当身で吹き飛ばす。
「どうした、その程度か?」
「お前……ニャルラトホテプの力を奪い、天使長の魔力も食い、俺の力も奪って……何をする気だ!」
「何も……豊の願いを叶える程度だ、大した内容じゃないし、危険な事でもない……全ての人間が本当に優しいのであればな」
何も持たず、何も与えられず、他者に媚びる方法しか知らなかった……いや、教えられなかった彼女が、外の世界を見て、自分の境遇を理解し、それでもなお、誰の事も恨まず、自分以外の為に願ったのだ…………私は、豊を外に連れ出したものとして、それを叶える、それだけだ。
「そのためにお前は何をするのだ?」
「必要な事全てを……そして天音には、生きていてもらわないと困る、あの優しさが必要になるのだから」
だから今は諦めろと、暗に命令する……私には勝てないのだから。
「空、これ以上は止めておけ……殺すぞ」
「ああ、今は諦めるわ」
そういって身を翻し、帰っていく……仕方ない、空が和解するのは無理そうだな。
「紅蓮も帰るんだな……それとも、食い殺されたいか?」
「……」
紅蓮は何も答えず、炎に包まれて消えた……まあいい、既に目標は達した。
全ての脅威を排除したのだから、天軍も文句はないだろう。
……クトゥグアの断片は手に入れたが、計画には、もう少し奪う必要があるな。
……まあいいや、一旦帰って、ご飯食べて、それから休もう……短距離とはいえ、転移の連発と激しい運動で、体力が残り少ない。
豊の料理も大分上達したしな……天使への報告は面倒だが、仕方ない、帰るか。
そして私は、最後の魔力で、転移を発動した。