171話 黒い翼7
部屋に案内されると、豊は直ぐに寝てしまった。
「……安心したのかな?」
「そうでしょうね」
穏やかな寝顔の、豊の頬を撫でながら呟くと、天音も頷く。
「やはり、彼女は貴女の事が好きなのでしょうね……それも異常なほどに」
「天音……」
「解っています、それが彼女にとって必要な事だったのでしょう、人間は脆いですから」
そう、人は脆い、だが、豊を守るためであっても、私がしたことが正当化させることは無い。
「豊を籠から出した後、私は、豊を私に依存させた……そうしなければ豊は自殺していただろう」
「……そう、ですか」
籠の中では比較的安定していたが、それは外を見る窓がないからこそ、その生活を当たり前と思っていたからだ。
外に連れ出され、普通の幸せを知ったことで、豊は自分の価値を疑問視するようになっていった。
皆が語る普通の幸せを知らなかった事だけではない、これからの人生においても、幸せになれるという希望がなかったからだ……普通に異性を好きになったとしても、自身の出生や昔の事を知られれば、己から離れていくし、相手の家族からも疎まれる。
そう、平和な時代では、普通な人間しか幸せになれない……そんな残酷な事を理解してしまった彼女は、次第に死を望むようになっていった。
「今の彼女からは信じられないだろうけど、以前の豊はそうだったんだ」
「そして、それを救うために……」
「そう、私に依存させた……自身の全てを知った上で受け入れてくれる相手に依存すれば、多少は安定するからね」
だが、それでも完全に安定したわけではない、所々に不安定さが残っていた。
それを察するように天音が口を開く。
「彼女は……それだけで本当に安定したんですか?」
「そうだね、だから、私は彼女に死を与えた」
「……死、ですか?」
「そう、一つの約束だ……もし豊が心の底から死を望んで、私が説得できなかった時は、私自身の手で豊を殺すと、そう約束したんだ」
私は約束は守る、それは私が私である為の信念に近い……だからこそ、約束をした、豊を完全に私の物とするために。
「いつでも死ねる……それは案外、生きようと思う原動力になる……いつでも、苦しまずに死ねるのだから、もう少し生きてみようと、そう思うことが出来るからだ」
「ですが、それでも死を願うことは、あるのではないですか?」
「豊は私に依存していて、私が悲しむことはしたくないと、そう考えている……そこまで考えてやったわけではないんだけどね」
私が悲しむから死なない、そして私が豊を幸せにするよう努力すると約束したことによって、豊は今の状態まで精神状態が安定した。
「そうでしたか……そんな話を私にして、よろしかったのですか?」
「良いんだよ、天音なら別に問題はない」
暗くなった空気を変えるために、軽く手を打って音を鳴らす。
「辛気臭い話は終わりにして、先の事を話すとしよう」
「そうですね……貴女は誰の指揮下に付くつもりですか?」
誰の指揮下に付くかを選択できる権限を手に入れたからには、有効活用するしかない。
「私は……天音の指揮下に付くとするよ」
「あの、私には権限が全くないのですが」
「天軍に言われた条件は、一定以上の地位のみ、条件は満たしているよ」
「確かに地位だけはありますけど」
「大丈夫、私が支配下に入れば、権限なんて湧いてくるから」
天音は少し考えてから、私の事を見据える。
「私に付くからには、こき使いますよ」
「勿論、そうしてくれないと、何のために来たのか分からない」
計画は成功、天音なら私を上手く使えるだろうし、私の存在自体が天音を守ることにもなるだろう。
こき使われはするだろうが、別に構わない。
戦争を終わらせる為に動くとしよう。