167話 黒い翼3
天使が目的を果たし、油断した今こそ仕込みを行う時だ。
目的を達成した瞬間は、最も油断する瞬間でもある……これは人間であれ、天使であれ、そう変わることは無い。
だからこそ私は、勝利した時ほど冷静になるよう努めている……獣性の強い私には、それが難しいのだけど。
「マーガレット、私は天軍のもとに行く……止めても無駄だとは、分かって居る筈だ」
「そうですね、貴女にとって、最も大切な人を人質に取られたのですから……力ずくで止めるのは、無理ですしね」
「ああ、その通りだ」
私が自分の意志で離れるのを止めるには、力で従えるしかない……だが、それをする戦力はないし、そもそも転移を使える以上、閉じ込めても無駄だからね。
「ですが、天使はなぜ私ではなく、豊さんに乗り移ったのでしょうか……私に乗り移れば、この国を落とすのは簡単でしょうに」
「ああ、それは乗り移りやすさの差だろうね、豊はそれがしやすい体質なんだ」
「巫女……という職業としてですか?」
「巫女については空から聞いてるみたいだね……でも、それは順序が逆なんだ、豊は生まれつきの巫女体質で、その身に色んな者を乗り移らせる能力に優れているんだ」
その能力を活用すれば、異なる世界……例えば私たちが前に居た世界などからでも、神を呼んで憑依させることもできる……多少は才能があったとしても、これを出来るのは、贔屓を抜きにしても豊くらいのものだろう。
まさに天賦の才なのだが、それは邪なものに憑依されやすいという事でもある。
以前は豊が祀っている稲荷神社の主神、宇迦之御霊神が加護を与えて守っていたらしいが、こっちの世界に来てからは、物理的な距離による問題で加護が弱まっていたようだ……それでも悪霊程度は防げていたが、天使の強引な憑依は流石に防ぎきれなかったのだろう。
「それに……あっちにも守りたい人が居るしね」
「どんな人なんですか?」
「名も知らない人たちのために自分を犠牲にしてばかりの人でね、このままだと天使に消されかねない危うさがあるんだ」
例え天使に消されようとも、天音は止まらないだろう……それが出来る程器用だったら、私は天音を助ける気にはならないだろう……その必要がないのだから。
「そうですか……でも、出来る限り貴女に攻めてきてほしくないのですけどね」
「まあね、何とか攻勢には参加しないように交渉してみるよ」
私が侵攻戦に参加しないというのは、要求する価値はある、私が攻撃を行わないのであれば、勝機もあるだろう。
「……名残惜しいけど、話はこの辺で終わりにしようか」
「そうですね……いつまでも終わりそうにありません」
私はマーガレットに背を向けて進み、扉の前で振り返り、本命の言葉を告げる。
「ああ、私に貸してくれた部屋は片付けといて良いよ……うっかり魔道具の設計図とか忘れていくかもしれないけど、好きに使っていいからね」
「……解りました、私が直接整理しておきます……いつでも帰ってこれるように準備もしておきますよ」
「…………ありがとね」
どうやら真意は伝わったようだ……それじゃあ、聖神国に行く前に、私が個人的にしていた魔道具の研究結果や設計図を、分かりやすいように纏めたものを全て、意図的に置き忘れるとしよう。