161話 閉じられた瞳22
釣り竿と餌と魚籠……魚入れる竹籠をもって海辺に行くと、聞いていた通り、碧火が竿を地面に固定して、砂の上に敷いた布の上に座っていた。
「やあ碧火、久しぶりだね」
「おや、星華さん、すれ違ったりという事を除けば、久しぶりですね」
「まあ、華想院には、時々顔を出してるからね」
近づいて碧火の魚籠を見ると、既に何匹かの魚が入っている。
「仙人のくせに肉を食べるのか?」
「いえ、私はもう仙人ではありませんから」
「……そういやそうだったね」
私の冗談めかした問いの返答に思い出す。
封神演義の最後で、太公望こと姜子牙は、国を助けるために仙人であることを捨てたとなっている……どこまで本当かは知らんけど。
「貴女も釣りですか?」
「そうだね、最近は肉料理が多くなってるから、たまには魚を食べたくなってね……後、碧火に頼みもある」
「頼みですか……約束はしませんよ」
「それでいい」
可能なら少し得、その程度だ、どの程度当てになるかも分からないのだが、言ってみるだけ損ではない。
「薬丹の作り方を知りたい」
「……仙を捨てた私に聞かれても、と言いたいところですが、この世界であれば、さほど問題にはならないでしょう……ですがそれ相応の設備が必要ですよ」
「解っている……念のために桃の枝をある程度保存してある」
「そこまで分かっているのであれば、丹炉の構造と、製法があれば大丈夫ですね」
桃の枝は薬丹を作る時の薪として使う、因みに不老不死の仙丹は松の枝らしい……この情報は封神演義の中で、一行しか出てこなかった気がする、あとなんか覚えてた。
「口頭で説明するのは難しいですから、後で設計図と製法を描いた紙を渡しましょう……忙しい場合は、マーガレットに頼んでおきます」
「……あと、マーガレットの仕事を少しでも軽減して欲しい」
「……そうですね、華想院の書類はできるだけこちらで片付け、最終報告書だけを送るようにします」
「まあ、華想院はあんまり書類を丸投げしないからそこまで問題ないと思うけどね」
因みに、一番書類が多いのは国庫周辺だ……まあ、物を出し入れするだけで書類ができるのだから、仕方ないといえば仕方ない。
「さて、碧火、釣りは川でも出来るし、そのほうが近い……それでも海に来るってことは、何かあるんじゃないか?」
「……はい、貴女が現れる少し前から、海の様子が変なんです」
「変とは?」
「海の気配が変わった……とでも言えば良いでしょうか、何かの気配がする気がしています」
なるほど、言われた通り海をじっくり見ると、確かに何かがいる気配がする、強い気配が遠くにいる感じだ……海の奥深く、強い気配……なるほどな。
天使長の眼で見れば、その正体が掴めた。
「碧火、あれには関わらないほうがいい」
「何ですか、それは?」
「私をこの世界に連れてきた張本人、邪神アザトース、それに類するものだ」
碧火が息を飲み、私は深呼吸をする。
「私はいったん帰ります」
「マーガレットには伝えないほうがいい……あれは人の世に興味を持つような存在ではない」
「解っています、これ以上、彼女の心労を増やす必要はありません」
そういって帰っていった碧火を見送って、私は釣りを再開する。
……深淵に住む水の旧支配者クトゥルフ、自らは動かず、テレパシー能力によって狂気を広め、下僕に戦わせる、厄介な相手だ……できれば力を奪いたいが、難しいだろうな。
……まあ、いつかやることだ、こっち方面への計画も進めておくか。