155話 閉じられた瞳16
黄金色の血を滴らせる眼球を手の中で転がし、指先で弄ぶ。
他者から見れば、相当にグロい光景なのだろうが、私からすると日常的な事で、嫌悪感は無い。
メタトロンは痛みに呻くが、怒りを見せる様子はない、敗者の報いだと理解しているのだろう。
言っておくが、眼球を抜かれた程度で死ぬという事は殆ど無い、出血はあるが、案外大した事ないもので、ショック死さえしなければ、人間でも死んだりしない……天使がショック死する事は無いと思うが、既に殆どの力を失っているメタトロンが死ぬ可能性もあった。
「人々の罪を見抜く眼、お前たちの傲慢の代償にこれを貰うよ」
これは彼らの傲慢の代償だ……自分達が優秀かつ、全ての存在の上位に立つと慢心して居なければ、豊を貶める発言をすることはなかっただろう。
メタトロンの眼を神が治す事は出来ない、なぜなら、そこにある筈の眼は壊れておらず、そしてその【天使長の右眼】と言う物は二つ同時に存在できない……唯一神が作るモノは、唯一絶対であるが故に、二つ存在すると深刻なエラーが生じてしまう筈だ。
「それを……どうする気ですか?」
「さてさて、物理的に管理してたら、奪還するために私が留守の間にダンジョンが襲われかねない……よってこうしよう」
メタトロンの眼が乗って居る掌に、【暴食】の魔法陣を創り出すと、【眼】がそこに沈み込む様に取り込まれていく……小型の魔法陣ではあるが、流石は原罪の力、かなりのエネルギーを使ってしまった。
【暴食】の力を使って取り込む以上、直接食べてしまえば、ノーコストで取り込めるのだが……流石に血の滴る眼球をそのまま口にするのは嫌だ……天音にトラウマを植え付ける事になっても悪いし。
それと、この魔法陣、物凄く使いどころが狭い、巨大化すると全く安定しないから、小型の物しか取り込めないし、そもそも生命活動を行って居る物には効果が無い……出来るだけ早く、効率のいい方法を模索したいところだ。
「暴食……我々が貴女を呼んだ、原因ですか」
「そうだね……これでアンタの眼は、私の所有物だ」
取り込んでしまった以上、私自身の意志で返す事は不可能に近い。
だから、豊が人質に取られたりする危険性が少なくなるはずだ。
人質にしたところで、帰す事は出来ないのだから。
「その力は貴女を侵食するでしょう」
「そうだろうけど……片目だけだし、侵蝕も十分対抗できる程度に抑えれるさ」
「そうですね……では私は帰らせて貰います」
メタトロンの足元に魔法陣が現れ、天界へと転移させた。
「星華さん……ありがとうございました」
「礼を言われるつもりは無いよ、私が勝手に始めた喧嘩だからね」
「それでも、あのまま天使が大きな顔をしていると、いつか民が苦しむ事になったでしょう……一度、大敗して欲しいと思って居たところです」
そのまま、色々崩壊した部屋で天音と話すが、やはり彼女は人間以外には冷淡だ……いや、人間にも割と冷淡だな。
「まあ、礼を言うなら、態度で返してもらうよ」
「解りました、何をしましょうか?」
私が要求を告げる前から受ける事を決定している……前から思って居たが、天音は自分の犠牲を全く厭わない。
「大した事じゃない、明日まで休む部屋と、あと出来れば天音と一晩話したい」
「了解しました……そうですね、一度牢で待機していただきます、準備の後に迎えを贈りますので」
牢で待機してくれと天音が言ったのには理由がある……私は少し前まで入っていた牢屋ぐらいしか、部屋の位置を記憶していない……別に気にする性格でもないと分かって居るので、天音は合理的に判断したのだろう。
「分かった、それじゃあ、少し休んでるよ」
そう天音に言って部屋を出て、思わぬ収穫に一瞬だけ笑みが零れる。
転移の魔法陣の術式は、基本は同じだが、一節だけ統一されてない部分がある……そこは転移先の座標を仕込む場所だ。
そして先ほど私は、メタトロンが天界へ帰る時に使った転移術式を完璧に覚えている。
なかなかに複雑な暗号化は施してあったが、その程度の解析なら造作もない事だ。
要するにだ……私は天界の座標を割り出し、転移術式を起動するエネルギーを確保できれば、いつでも天界へと乗り込めるようになった。