151話 閉じられた瞳12
メタトロンの命を受け、一人の天使が振るう槍を躱し、その天使の胸に掌を当て、相手が動こうとした力を利用して、心臓の位置に衝撃を伝える……天使も、体の造りは人間と同じ筈、なら壊し方も同じだろう。
予想通り、崩れ落ちて動かなくなる天使を見て、周囲の天使が動けなくなる……まあ、こんなに簡単に破壊されるとは思って居なかったのだろう。
「何を驚いている、只の合気道の応用だ……触れられたら終わり、この上なくシンプルなルールだ、そうだろ?」
下らない挑発だが、それでも、天使には効果があったようだ……天使は常に上位の存在だから、下に見られた経験が無いのだろう。
距離を詰められないように気を付けながら、複数で囲み、天使の飛べるという能力を生かして、空中からリーチの長い槍で攻撃する気の様だ。
単独で来ないのは賢明だが、こいつらは一つ思い違いをしている様だ。
私に向かって伸びる槍の、穂先の根本部分を、正面から片手で掴み、相手が私に向かって槍を押し込もうとする力を相手へと返す……下向きの力に変えて。
「ぐっ……何故だ?」
結構痛そうな音と共に、丈夫な大理石の床に激突した天使は、槍を放して、苦しんでいる。
「何故だって?……言った筈だ、私に触れられたら終わりだと……もしかして、武器は触られても大丈夫などと、思って居たんじゃないだろうね?」
そう言って、天使が手放した槍を、軽く振るってみる……バランスが良い、女性向けには少し大きいが、私の身長と技量なら、十分に扱えるだろう。
そうしていると、複数の天使が一度に襲って来る……多少の犠牲を覚悟の上で、特攻をかけるつもりだ。
面倒に思いつつ、迎撃の構えをとった瞬間に、背後から放たれた波動が天使を吹き飛ばす。
「効きましたね、私の攻撃が」
「天音、今のは断罪の力か?」
非常に強い気を纏っている天音に尋ねると、彼女は何時もと違う雰囲気で頷く。
「この力は、相手の罪の意識が大きいほど威力が増す無差別攻撃……貴女は罪の意識を感じていないのか?」
恐らく天音の中に居るのであろう、何かの問いに私は苦笑する。
「私がした罪は全て覚えている……だが、それは時代が違うのであれば、英雄としての行為であったり、正義であったりもする……この世に罪と言う者は本来存在しない、あるとすれば、悪意ある嘘と感情に任せた正義だけだ」
「……なるほど、我の力を受けぬのも道理よ」
罪の意識を、物理的に苛む力など、罪を理解し、受け入れる者に効果がある訳ない……天使に効いたという事は、それだけ天使が矛盾を抱え、それを正義の為と正当化しているからに他ならない。
「一つ聞きたい、貴女は何者ですか?」
私の言葉に、天音の中に居る者は、面白がっている様だ。
「何がおかしい?」
「ああ済まない、我の正体を何となしに察した上での、その言葉と思うと、少々面白くてな」
天音が手を振り上げると、頭上に魔力が集まり、昔ながらの天秤(やじろべえが両手から皿をぶら下げているような形)が具象化される。
天音が手を振り下ろすのに合わせて、天秤も地面へと叩き付けられる。
「夜神星華よ、我の名はネメシス、罪を裁き、罰を執行する者だ」
天秤が大理石の床に触れた瞬間、金属と石がぶつかる高い音と共に、先ほどとは比べ物にならない波動が放たれた。