149話 閉じられた瞳10
数日後、査問が開かれ、広間に呼びつけられる。
私の枷を外した天音に案内してもらい、そこに向かう。
部屋の中には、当然の如く天使たちが居た……とはいえ、力のある天使はメタトロン只一人の様で、後は天使のヒエラルキーの下位に属する者達の様だ。
「……来たか、人の子よ」
「こんな私を人の子と言うのか?」
周囲に瘴気を放ち、荊を召喚してやると、周囲の天使に動揺が走る……まあ、只人に出せるモノでは無いからな。
それでも、天使とはいえ、ここまであからさまに引かれると少し凹むな。
「それでも、人の血が流れている事に変わりはなかろう」
「私の両親は、少なくともお前たちの父に生み出された者の子孫ではないけどね」
「……ふむ、まあ、今はそれについて議論する為にここに来たのではない、まずは成すべき事をするとしよう」
どうやら不利を悟ったらしく、話題を変えてきたが、私もそこまで敵対する気は無いから、素直に従っておく。
……天使に対し舌戦が有効である事が分かっただけでも収穫だ、天使が神に類する者である以上、こちらの言動が読まれている可能性があり、少々不安だったが、それが出来ない事が分かった事は、安心材料になる。
「……それで、私の罪はどうなった?」
「調査の結果其方に罪は無い事が分かった、長期間に亘り其方を拘束した事と共に謝罪しよう」
「……まあ、さほど気にしてはいない、私もあの状況ならアンタたちと同じ行動をとる」
謝罪に取れない言い草だが、立場としては仕方ないのだろう。
「私が聞きたいのは、私に毒を盛った奴らの処遇についてだ」
「彼らには厳罰を与える事になって居る」
「死罪か」
「……」
沈黙は肯定の証拠、私の攻撃材料として使わせてもらおう。
「お前たちは、咎人に反省の機会を授けないのか?」
「我等が機会を与えるのは一度のみ、二度目は、相手が誰であろうと厳罰を下す」
「本当にそうか?」
「何が言いたい?」
私は不敵に笑って見せる。
「ならば何故、神は一度の間違いで、人間をエデンの園から追放したのだ?」
「……それは」
「まあ、そんな事はどうでも良い、それより大事なのは、神が全知全能であるならば、原初の人間が禁断の果実を食べる事を知っていた上で、何故、それを止めなかったのかだ」
これは豊の論だ、正確には聖書物語を読んだ感想だが、これは真理だ。
それだけではない、聖書の物語には神が無慈悲である証拠が書かれている。
「そして、カインがアベルを殺す事も知って居た筈だ、何故それを止めないのか!」
「神は人に大きく干渉するべきではないのです」
「馬鹿馬鹿しい、子が兄弟を殺そうとするのを止めない父が何処にいる!」
「……もう用は済みました、この場を立ち去りなさい」
……逃げたか、まあいいさ、決着はまた今度だ。
部屋を出ようとしたその時、近くに居た天使が零した言葉が、私の逆鱗に触れた。
「まったく、女は子を産むのが務めだろうに」
そいつを荊で締め上げ、ナイフを持って詰め寄る。
「今、何と言った!」
「人間よ、放しなさい」
メタトロンの静止も最早意味はない。
「私に命令できると思うな、メタトロン、こいつの発言は天界の総意という事で受け取った」
「その言葉はその者が勝手に言った事です」
「黙れ、天使の言葉は神の言葉、ならばこいつの発言も神の言葉だ」
そしてその言葉は、私が一番忌み嫌う物だ。
私は自分の矜持の為に、そして豊の名誉の為に、その言葉を認める訳にはいかない。
……例え、戦争の引き金になったとしてもだ。