143話 閉じられた瞳4
案内された部屋は質素だが、それでも十分な快適さはあった。
ベットは清潔に保たれており、一つ用意されている机の上には、邪魔にならない大きさの装飾されたランプが置いてある。
窓には薔薇の図案のステンドグラスが嵌め込まれており、カーテンの遮光性も高い。
部屋自体はそこまで広く無いが、客に対する気配りが行き届いている。
「案内ありがとう」
「……礼は不要です、主上の命ですから」
「一つ聞くけど、命令が無ければ君は何もしないのか?」
「……私は言葉に従うのみ」
……やっぱり、神に従う気にはならないな。
平和が悪いとは言わないが、その世界は面白くない、人が自分の意志で動かない世界なんて息苦しいだけだ。
「まあ、少し話さないか、聖母さん」
「……私をその名前で呼ばないで下さい、勝手につけられた呼称です」
「はいはい、天音ちゃん、それでどうする?」
「……いいでしょう」
苦虫を嚙み潰したような顔だが、許容範囲の様だ。
「……それで、なんの用ですか?」
「君は、天使達のやり方に賛同しているのか?」
「……私の願いは、全ての人々が平穏に日々を暮らせる事、天使の理想は、現状それに最も近い」
「だが、天使のやり方では、既に罪を犯してしまった者は絶対に救われない……天使は罪を悔いれば許すと言うが、それをする時間を与えるとは一言も言っていないからな」
天音が言葉に詰まる……そんな事は分かって居たのだろう、天使たちは発言は守る、だが言わなかった事の方が重要である事の方が多い奴らだ。
それでも、天音は言葉を絞り出す。
「……それでも、多くの人が平穏に暮らせる事は間違いありません」
「それはどうかな」
「……どういう事ですか?」
「天使に管理された世界、それは常に行いを監視され続ける、とても息苦しい世界じゃないかな」
一切の穢れを許さない潔癖な世界、それを理想郷と騙る者は、常に管理する側の存在だと、天音に告げる。
……少し目を閉じたのち、天音は何かに気付いた様に、私を見る。
「……貴女は、私に何を望むのですか?」
「端的に言う、私に協力して欲しい」
「……貴女の理想を聞かせて下さい」
強い光を宿した天音の眼差しに、嘘は吐けないと確信する。
……この部屋は、神の魔法によってあらゆる監視が妨害されているから、言葉にしても問題無いだろう。
「私の計画が成功すれば、この世界の人間に対して、全ての上位者による干渉が無くなる……それは唯一神もだし、アザトースの様な邪神もだ」
「……可能ですか」
「勝算が無ければ計画しない……だが、そうなった場合、この世界の全ては人間に委ねられる」
「……人間が、全てをですか」
「そう、平穏な世界になるか、それとも暴力が支配する世界になるか、全ては人間次第だ」
天音は心を揺さぶられた様子で、固まっている……無理もないか、そう簡単に人間を信じれる程、天音は能天気じゃない。
……まあ、この辺で許してあげるか。
「まあ、直ぐに結論を出さなくてもいい……どうせ、まだ準備中だしね」
「……考えておきます」
「それじゃあね」
天音は静かに部屋を出て行く……拒絶されない自信はあったが、正直少し不安だった。
彼女の存在は、私の計画の副作用を大きく軽減してくれるはずだ。
……私の計画の成功に伴う、人々の暴走を抑制する役として、彼女以上の適任を私は知らないから。