142話 閉じられた瞳3
神殿……礼拝堂と呼称するか、そのの中には、それなりに位の高そうな神官が数十人ほど居たが、その殆どが私を見ていない……見られていると思ったのは気のせいか……いや、違うな、無数の視線は、礼拝堂の一番奥、私をまっすぐに見ている、ひとりの天使から、発せられている。
「誰が出て来るかと思えば……神の代理人が直々に出て来るとはね」
背後の扉が閉められたのを確認した後に、私が放った言葉に、周囲から殺気が飛ぶ。
「ほう、我の名を即座に見抜くとは流石なり」
「ひとりでそれだけの視線を感じさせる存在など、そうそう居ないだろう」
一応補足しておくが、天使の目は視認出来る限りは二つだけだ。
だが、目の前の天使の本当の姿はこの場所に収まらないだろう事を考えると、この世界に来る時に姿を変えている筈だから、この天使から複数の視線を感じる事におかしな点は無い。
「さて、メタトロン。先ほどから、そこの神官達に殺気を向けられて居るのだが……それが天界の総意だと受け取ってよろしいか?」
開幕、牽制を叩き込む、メールの文面を見る限り、天界は私を敵にしたくない雰囲気を漂わせていた、ならば交戦をちらつかせる事で、私の立場を確立する事が可能な筈だ。
……別に私はこの場で戦いになっても構わない、寧ろ被害を与えれば、マーガレットや輝夜の方を攻める戦力を削ぐ事が出来る。
「否、我等は汝を、汝と争う為に呼んだのではない……神官よ、彼女は客人である、非礼は慎むように」
メタトロンの言葉に、神官が礼で返し、殺気が解かれる。
……即座に処罰を行おうとするのであれば、それに対し切り込めたのだが……まあ、そう上手くは、いかないか。
「さて、要件を聞かせて貰いたい……大方、メールに書かれていない事もあるのだろう?」
「ならば問おう、人と魔に堕ちた者の間に生まれた子よ、我等の下に付き、法に守られた世を創る気は無いか?」
「……その世界はどのような世界だ?」
「全ての生物は法により守られ、罪も痛みも無く、一切の悪は存在しない世界」
……なるほど、天使達は、この世界を聖書に語られる楽園へと変える手伝いを私にさせたいのか。
「私は鬼、半分とはいえ魔に属する者、その世界に私が居る場所は無いようですね」
「それは無い、汝が天に頭を垂れるのであれば、主は汝の罪を許し、楽園での生活を保障しよう」
「私の恋人は女性だが?」
「汝は勘違いをしている、我等が同性愛を否定した事は無い」
天軍に下れば、豊と一緒で、誰にも邪魔されない暮らしが、恒久的に保証されると。
「……非常に魅力的な提案だが、断らせてもらう」
「何故?」
「犯罪者や、犯罪者になる可能性のある者を、皆殺しにして作った平和を認めたくないからだ」
全ての罪が存在しないと言うのはそういう事だ、まず犯罪者を皆殺しにして、残った人間を天使によって管理させる……確かにそうすれば、平和になるし、犯罪は無くなるだろう……それでも、それによって生まれた平和は、家畜が安全なのと同じ、いつ上位者に消されるか分からない平和だ、それを私が受け容れる事はありえない。
「……良いだろう、神は人に自主性を与えられた、我らは道を示すのみに留めよう……だが、何時なる時も、神は汝を受け入れよう」
「受け入れはしないが、私の自主性を認めてくれたこと、一つの道を与えてくれた事には感謝しよう……これ以上要件が無いのであれば、帰して頂けると嬉しいのですが」
どうせ、原罪の所持については呼び出しの口実だから、すっぽかしても構わなない。
そう言い終えて扉を開けようとすると、背後から声がかかる。
「待て、人の子よ……我等とて、客人をなんのもてなしもせずに帰す訳には行かぬ、今夜は泊まって行ってはくれまいか?」
……ああ、それは確かに外聞が悪いだろうな、どうでも良い所で関係を悪くする事も無いし、まあ、一日なら構わないか。
「そうさせてもらう……監視される様であれば、即刻帰らせてもらうが」
「それは無いと約束しよう、我の言葉は神の言葉、嘘はありえない」
「良いだろう、一晩泊まらせて貰う」
そう言うと、この神殿前で私を待っていた、あの子が呼ばれ、用意していた部屋へ案内されるように指示を受けた。
「どうぞ、こちらです」
「ありがとう」
周囲の神官を無視して彼女に付いて行く。
……豊が心配してないと良いけど。