138話 名の在処13
食事をしていると、それにしても、と豊が口を開く。
「星華ちゃんって、キッシュとか、タルトとか作る事多いよね」
否定は出来ない、具の種類は変えているが、確かに作る頻度としては結構高い自覚がある。
「いやね、生地を一気に量を作っておけば、中身を作って焼くだけで出来るから、簡単なんだよ……余っても、冷蔵庫にしまっておけば、一日は持つし」
当然だが、キッシュ用とタルト用の生地は別物だ、タルト用には砂糖を加えているから、これでキッシュを作ると少し微妙な味になる。
それと、タルトと言ってはいるが、使って居る型はパイ型だから、完成品はパイになっている……正直パイとタルトの差は、国によって多少変わるから、私は語感の良い方を使うと言った、乱暴な方法で使って居る。
あと、キッシュに使ったベーコンの自作が結構大変だった、塩漬けにするまでは良いのだが……燻製器を自作し始めた辺りから、迷走していた気がする。
尚、豚肉などは無いので、猪の肉で作ってみたところ、脂分が多いからか、前に居た世界で市販されていた物よりも、薄切りを焼いた時にカリカリに仕上がる様になったのは誤算だった。
私は暴食の力によって、エネルギーが枯渇寸前まで消費した後は、相当な量を食べれてしまうし、食べておくべきなので、作り置き出来る料理や、そもそも生地だけ作って置けば何とかなる麺類は楽で便利なのだが、大量に食べる関係上、同じ料理ばかりだと飽きてしまうから、具材を変える事で変化を付けれるキッシュやタルトの生地を作り置きしておく事が多いのだ……麺類は具材変えてもスープ変えないと飽きるし、スープを作るのは面倒だ。
「暴食の力は便利そうですが、食事の用意が大変ですね」
そう言う輝夜は、シナモンパイを四切れ食べた上で、ベリータルトを冷蔵庫から取り出してきて食べている……私が居る以上、二つで足りない事は分かって居たから、まだ幾つか作ってあるが、輝夜も相当な量を食べている。
「そうだね、戦闘があった後はかなり食べるから面倒だね……ところで、輝夜もよく食べるけど、どうやってその体型を維持してるの?」
輝夜が運動している所は、あまり見ないのだが。
「特に意識したことはありません……脳での消費が激しいのでしょうか?」
「ああ、なるほど」
体感時間が絶えず狂っている状態で暮らしていれば、思考によるエネルギー消費も増える……だろうか?
「ねえ、星華ちゃん、輝夜に体感時間をいじって貰えば、私もたくさん食べれるかな?」
「……いや、発狂する方が早いでしょ、それか脳が溶ける」
非常に高速な思考を、強制的に継続させるのだから、知恵熱で倒れる方が早いか、現実時間の流れが分からなくなって、精神が壊れるのが早いかのどっちかだろう。
「……怖いから止めとく」
「それが良いよ」
正直、私でも大丈夫か分からない。
「このお茶美味しいですね」
居心地が悪いのか、話題を変えた輝夜に頷く。
「輝夜のは、ジンジャーのお茶だね」
紅茶に生姜の粉末を少し加えて居るので、お茶としては刺激が強いが、甘い物ばかり食べている輝夜には丁度良いだろう。
「ジンジャーと言うと……」
私の考えが直ぐに通じる辺り、輝夜の知識の多さが伺える。
「花言葉は『貴方を信頼しています』だね」
「そうですね、信頼して頂けるなら、それに答えれるように精進します」
「ねえ、星華ちゃん、私のお茶も意味があるの?」
豊が割り込んでくるが、輝夜に別段気にする様子も無いので、答える。
「豊の呑んでるのはレモンティーだね、レモンの花言葉は『愛の忠誠』、『愛に忠実』だったかな」
……なんか物凄く心当たりのある顔をしていた。
ツンツンと、つつかれて、そっちを見ると、アリーと目が合った。
「アリーのお茶には、メープルシロップを少し入れてあるよ……楓の花言葉は『遠慮』『大切な思い出』『秘密の宝』」
それを聞いて満足したのか、アリーは食事に戻る。
……基本がポーカーフェイスだから分かりにくいが、少しだけ嬉しそうに見えた。
「ねえ、星華ちゃんのお茶は?」
最後に聞かれたので、私が使ってるポットの中を見せる。
「これって……普通の紅茶?」
「そうだね、私が齧ってるクッキーにクローバーが入ってる」
「え、クローバーって食べれるの?」
「一応弱い毒があるけど、加熱すれば分解されるから」
多少毒が残って居ても、別に死んだりはしない、食べ過ぎるとお腹が痛くなる程度だ。
「まあ、私なら大丈夫」
そもそも暴食の効果で、毒でも平気で食べれるから、問題ない。
「クローバーの花言葉って……『幸運』?」
「あとは、『幸福な愛』と、『私を思い出して』」
「あ……なんか、ごめん」
謝ってくれる豊に苦笑する。
「別に良いよ、他二つの方が有名だからね、仕方ないよ」
「……貴方は記憶が無いのでしたね」
「正直、あんまり気にしてないけどね、思い出せるならそうするけど、別に絶対にそうしたい訳でもないし」
思い出したところで、家庭事情に悩むような気が少々……割と……いや、かなりそんな気がするので、知らない方が良い気もしているくらいだ。
いつの間にか新しいパイを持って来ている輝夜に、苦笑して立ち上がる。
「体も疲れてるから少し寝るよ……アリー、おいで」
そう言うと、アリーも立ちあがって付いて来る。
「星華ちゃん……」
「少し静かな所で寝たいから、ごめんね」
アリーと一緒に、寝室に入って扉を閉める。
二人には悪いから、後で謝って置くとしよう。
……さて、アリーに頼んでいた事の成果を聞くとしよう。